赤池と片葉葦

神奈川県海老名市


国分寺台団地ができる前、東西の大地の間が湿地で、赤茶けた苔が浮き、水渋で葦の根が赤かったので、赤池と呼ばれる池があった。赤池は日照りで枯れることのない池だったが、不気味なところで近づく者もなかったという。

いつのころか、若い修業僧が、池のほとりに庵を結び、読経三昧の暮らしをしていた。すると満月の夜、黒衣の女が池中に立ち、笛を吹いたり葦の葉をちぎってはそうの方に投げたりした。僧は修業を妨げる魔性と、無視して一心に読経を続けた。そうした晩がいく夜か続き、やがて女が話しかけてきた。

女は、稚貝のころ水鳥に運ばれてきたカラス貝なのだという。孤独に耐えかね人の女の姿で現れたりしたが、それが返って人を遠ざけ、孤独が増してしまったのだと。僧の気を引こうと葦の葉を投げたりしたのだが、どうか自分のために経文を聞かせてくれないか、と女はいった。

そこで僧が提婆達多品を読誦すると、女は黒衣を脱ぎ、白衣の菩薩となって空に消えたそうな。主のカラス貝がいなくなり、池はなくなり湿地だけ残ったが、このとき女が葦の片方の葉をちぎって投げ続けたので、湿地の葦は片葉であったという。

『海老名むかしばなし 第3集』
(海老名市秘書広報課)より要約

追記

周辺はすっかり造成されて湿地というのも面影もないが、造成前を知っている年配者には、この湿地の片葉の葦はよく知られたものだったという。主が去ることで水場がなくなるということは、大谷の大蛇伝説でもいう(「大蛇後日談」)。

こちら赤池の話はその主がカラス貝というところが特徴的だ。貝の女性というのは艶笑譚のほうもあって少なくはないが、相州ではあまり聞かない話ではある。星谷寺の方では、こういうのはやはり蛇のするところであったが(「星谷寺観音縁起」)。

場所柄ということでも、目久尻川の堰には国分の清水寺の大松に竜灯をあげる竜蛇がいたわけで(「竜灯の松」)、そのあたりと夫婦になる竜蛇がいた、という話でも良いように思える。

もっとも、精が化けて出るというなら、国分にはまた「白椿の精」が人の娘の姿となって現れた話もあり、そのような筋の好みはあったのかもしれない。あるいは国分尼寺が存続してきた関係もあるだろうか。