白椿の精

神奈川県海老名市


国分寺の尼寺が、薬師様と一緒になって現在地へ来た頃のこと。街道より一段高い薬師様の崖に、太く茂った白椿の木があり、花が咲く時期には旅人の足を止めた。そして、その時期になると夜な夜な現れる白衣の美しい娘があった。

娘は茶屋で一杯の茶を所望するだけだったが、娘の立ち寄った茶屋は不思議と栄えるので、噂になっていた、しかし、どこへ帰るのかもわからぬ娘は、白椿の花の散るころに、決まって姿を消すのだった。

そんなある年、物好きな若者が、長い糸を付けた針を娘の着物の袂に刺した。それで後を追って正体を確かめようとしたところ、娘は薬師様の石段の途中でパッと消えてしまったそうな。糸の先の針はその上に咲く白椿の花びらに刺さっていたという。それっきり、娘が現れることはなくなった。

『海老名むかしばなし 第1集』
(海老名市秘書広報課)より要約

追記

今現地は寺としては龍峰寺となるが、清水寺(せいすいじ)は南側の公園にあった。そこに移った時期というと元禄あたりのこととなる。元資料には今も石段横に椿があるというが、伝説の椿かどうかは不明という。

この話自体が竜蛇伝説の一端かというと、そういうものでもないと思うが、針糸で正体を追うのは竜蛇に限らないという事例ではある(訪れる茶屋が栄えるという点も竜蛇譚のようではあるが)。

それよりも、国分の台地の窪みにあったという赤池のカラス貝の精の女の話(「赤池と片葉葦」)との関係が気になる。すぐ近くのことでもあるが、その白と黒の対比は偶然のことだろうか。