頭なしの森

神奈川県茅ヶ崎市


松尾神社の森は昼なお暗く、行く人もまれな寂しいところだった。あるとき、ここを花嫁の駕籠とその嫁入りの行列が通った。ところが、森を過ぎて駕籠を下ろし見ると、縁女は頭のない死体となっていたという。

一同悲嘆にくれたが、かの森でさらわれたるに相違ないと、恐れ怯えた。それ以後、婚儀の送迎は勿論、行人も回り道することとなり、その迂回路を花女郎道と名付け、かの森を頭無しの森というようになった。(『茅ヶ崎町鶴嶺郷土誌』昭和五十一年)

『茅ヶ崎市史3 考古・民俗編』
(茅ヶ崎市)より要約

追記

松尾大神(茅ヶ崎市はなぜか○○神社といわないことが多い)は今宿地区の鎮守で今もあるが、周辺はもう街中で、鬱蒼とした森というのもない。しかし、かつては話のように嫁入り行列はお宮の前を避けて通るようであったという。

これが松尾大神そのものに関係するのかどうかよくわからないのだが、小出川をはさんで東隣の下町屋の人の話として、松尾大神の神様が妬むからだ、という話も得られている(「花女郎道」)。地元ではここは女の神様であったという。

さて、それでこれが竜蛇に関係するのかどうかというと難しいのだが、まず「頭無・首無」という名が蛇に関係することがある(「かしらなし」など)。いきなり嫁の頭が無くなるというのも随分ショッキングな話だが、頭無の主の話が先にあったりしたのじゃないか、という気はする。

そういう主にとられてしまうから花嫁は避けるのだ、という筋ならば、周辺の嫁入り行列の通行を禁ずる道や橋の話に通じる(「天沼」など)。そうなると、松尾大神の森の主の蛇、というイメージがどこまであるものなのかということになるが。

また、東に行って千ノ川を渡る橋にも、嫁入り行列が避ける橋があったという(「千ノ川のおせん」)。この話の主役の嫁の名「おせん」というのも竜蛇譚を暗示する名であり、併せ見ておきたい。