うわばみの黒焼

神奈川県鎌倉市


文政四年の火事で鶴岡八幡宮はすっかり焼けてしまったが、石段のところの大銀杏も焼け失せ、樹のうろに年古く棲んでいたうわばみも焼け死んでしまったという。それはひどい臭いであったというが、この黒こげの灰が万病に効くと噂になった。それで、この黒焼きを取りに来る者や自分で舐める者までいた。

しかし、病に効くというのは出鱈目で、灰を舐めた人が死んだと世間を驚かせた。すると、今度はこれはうわばみの祟りだということになり、皆は黒焼きを集めて由比ヶ浜へ持って行き、海へ流してお祓いを受けた。それで以後は悪いことは起こらなかったという。

この話は当時の随筆『筆まかせ』『聞のまにまに』などに語られ、よく知られた。曲亭馬琴がその小説の一端に取り入れたようでもある。とはいえ、実際に文政四年の火事で大銀杏が焼け失せたということはない。多少焦げはしたかもしれず、蛇の話は本当のこととしておきたいが。

『かまくらむかしばなし』沢寿郎
(かまくら春秋社)より要約

追記

この火事は雪の下の民家からの飛び火だったといい、大山のほうで見るような(「大蛇ノ燒死シタル事」など)神威による成敗の話ではないようだ。

神木に澄みついた大蛇が焼け、その黒焼きや骨が薬になるという話はままある(「大蛇の骨薬」など)が、そこから禍がおこる二幕がある話というのは面白い。

時には自らを焼いて薬にしろとまでいう蛇がいるものだが(「妙薬・蛇レン」)それを話系の一方の端とするなら、鶴岡八幡の話はもう一方の端といえるかもしれない。

ところで、鶴岡八幡宮はたびたび火災にあったというが、またの火事か同じ火事か、今度は神池の柳の大木に棲みついていた大蛇も焼け死んだという話がある(「蛇柳」)。その関係やいかにという感じだが、そちらも見ておきたい。