HUNTER's LOG
MONSTER HUNTER EAST

マナサ(275年2月8日)


「──まぁ、このエルデ鋼のナイフを腰にしてりゃあ、ひとまず一人前には見られるだろうぜ……って嬢ちゃん聞いてんのかい」

土竜族ならではの髭面の奥で訝しげに目を細めた親方が、宙に目を見開いて呆けているマナサの顔を仰ぎ見た。実際彼女は話の後半を聞いていなかった。その前に出たナイフの値段を聞いたところで時間が停止していたのである。

「じゅ、十万」

マナサの口からこぼれたひと言に、なるほど、と合点のいった親方は、打って変わって愉快そうに呵々大笑し、野太い指の手で彼女の尻を遠慮なく叩いた。

「魂消たか。確かに十万ありゃあ、立派な家が建つわなあ。だがな、それがハンターとしての嬢ちゃんに付く値札になるのさな」

尻を叩かれてようやく目の焦点が戻ってきた彼女に、鍛冶屋の親方は続けた。

「エルデ鋼の剥ぎ取りナイフってなあな、親子ハンターでも譲るべからずってな暗黙の了解がある。自力で手に入れたもんでなくちゃいけねえ。それを買えるだけの仕事をしたっつう証明となるようにな、そう決まってんのよ」

なるほどやはりそういう指標はあったわけだ。マナサの目的に願ったりの慣習である。しかし剥ぎ取りナイフだけで十万ゼニー。武器と防具をあわせたら一体いくらになるのか。

(三年で)

と思う。彼女が思い描いたハンターになるには、どうやら途方もない金を貯めねばならないようだ。

✱ ✱ ✱

そもそも十五才になって成人したマナサが選んだ道は行商人だった。たまに彼女の里を訪れる叔父夫婦がそうで憧れたのだ。それでその叔父の商隊「東方商会」(といっても叔父と奥さんとアイルーだけのささやかなものだったが)に見習いとして雇ってもらったのだが、その門出の第一章はあっという間に幕を閉じてしまった。

それまで手堅く東域内を往来してきた叔父が「西域への陸路を目指す」といい始めたあたりで雲行きは怪しかった(多分マナサに良い所を見せたかったのだろう)。結果、ダウリヤから南路に入ってひとつ目の中継拠点を過ぎた先でボルボロスの急襲を受け荷車は木っ端微塵、商品もそれまでとなってしまった。

無論護衛のハンターを雇っていたのだが、彼はボルボロスに遭遇する直前に姿をくらませていた。そのハンターの斥候に従って進んでいたのだから、要するに彼に嵌められたのである。おそらく散逸した商品は、彼の仲間のハリム(砂上船団)がすぐさま回収したのだろう。大砂漠の交易を牛耳っているハリムの中には、陸路の交易を面白く思わない者たちもいる。

ともあれ、マナサ栄光の東方商会の第一幕はこうして閉じ、叔父夫婦は賠償と商隊再生のために数年は奔走することと相成った。宙ぶらりんになった彼女にはいくつかの選択肢があったのだが、狩場への適性があることを幸いに、自分がハンターになって新生(するであろう)東方商会の力となろう、と思ったのである。それで、あるハンターの口添えもあってシャガにあるハンターズギルドのルーキーハンター養成課程に入ることができたのだったが……

✱ ✱ ✱

……このような背景から、マナサの目指すべきハンター像は割と明確だった。基本ひとりで東方商会の護衛ハンターを務めること。増援のハンターを雇うにしても、そのハンターに足元を見られないこと。

それで、では〝舐められないハンター〟のポイントがまずどこにあるのかとシャガの里を尋ねて回っていたところ、鍛冶屋の親方が「そいつあ、これよ」と出して見せたのが剥ぎ取りナイフであったのだ。

確かに表立っての武具は、狩の目的やハンターの趣味によって様々となる。汎用品を装備していることが必ずしも半人前を示すわけではない。それにハンター以外の人にとっては武具の良し悪しなどそうわかるものでもない。そこで誰にでもひと目で見て取れる指標となるのが剥ぎ取りナイフである。火山地帯のモンスターの硬く重厚な甲殻をも切り裂くエルデ鋼のナイフの柄には、他の鉱物では真似のできない色合である、真紅の純エルデ鉱石を用いた印を付与することが義務付けられている。

そのナイフが最も安価なものでも十万ゼニー、ということなのだ。〝それが用意できるハンター〟を示す道具であることに疑いはない。ただ、まだ成人したばかりの彼女にとっては上手く想像することのできない金額なのではあった。

✱ ✱ ✱

ひとまずマナサは深呼吸して気を落ち着け、教官から「とにかく気になったこと、気づいたことは何でも書け」と渡された野帳を引っ張り出して、先日のはじめてのひとりでの狩場行の記録を見返した。採集したあれこれを売って得た純利益550ゼニー、それが記念すべき初収入で、それでも彼女は「ひとりで一日でこんなに稼げるんだ」と大いに自信を持ったものである。それも十万ゼニーの前にあっさりとしぼんでしまったが、しかし、

(待てよ……)

とも思う(切り替えが早いのも彼女の特徴である)。

十万ゼニーの倍、いや三倍と見ても三十万ゼニー。三年150週と思えば週に二千ゼニー貯めろ、ということになる。狩場に出る前なら到底不可能に思えただろう金額だが……思えば右も左もわからぬまま出た初狩場で得た収入の「たかだか四倍」に過ぎないのではある。なんとか週二回狩場に出るなら、さらに半分だ。これは無茶な金額でもない……のか?

考えてみればそうであらばこその、目標として申し分ない値なのだ。大体叔父さんもいっていた「金なんざ使わなけりゃ貯まるに決まってる」と。マナサは初収入の下に大きく黒々と〝100,000z〟と書き込み力強く丸で囲むと、打って変わった意気揚々とした顔で歩き出した。横で鍛冶屋の親方が(お?)という顔をしていたが、目に入っていなかっただろう。


275年:西域 MHWest では、もっとも中心になっていたフェランの村の開村からの年数ですべての時系列を扱っていた。東域でもその続きとしたい(西域の話は主に270年が舞台だったので、今はその五年後となる)。
2月8日:シャガの里のルーキー課程は一月頭にはじまっている。今回は一ヶ月の初心者講習が終わり、単独での狩場入りがはじまったところ。
十万ゼニー:1zはわれわれの100円くらい。なので十万ゼニーは一千万円。


さて、このようにして〝本篇〟であります。上のように様々なハンターの何気ないある日のひとコマが延々綴られていくことになる(派手なドラマなんかは多分……ない)。そしてその中に出てくる独自な背景を実際ゲームで遊べる部分をまじえて下に紹介していく、という体裁となる(今回はまだその手前だが)。

これは剥ぎ取りナイフとは別らしい

ハンターの腕前を示すものにも、ランクであるとかギルドカードの色(素材?)であるとかいろいろある。ここでは「素材を持ち帰るのがハンターだ」という点を表すものとして「剥ぎ取りナイフこそがそれに相応しい」という話としている。例えばマナサは現在安価なマカライト製の剥ぎ取りナイフを使っているのだが、それではアオアシラからの剥ぎ取りも覚束ない。無理にやっても素材の価値は低いものとなってしまう、ということになる。プロにはプロ用の道具が要るのだ。

また、今回は〝エルデ鋼の剥ぎ取りナイフ〟という点に焦点を当てたが、ルーキーハンターが直面する難問が〝お金〟であることは間違いない。ハンターになるというのは個人事業を立ち上げるようなもの。投資が先か利益が先かで利益を先んじようとするなら、掛け金は自分の命になってしまう。

マナサにしてもシャガの里に赴くにあたって「出世払い」ということでレザーライト一式(吊るしで4,000z)とクロスボウガン(既製品2,000z、値段はすべて独自設定)を叔父に用意してもらっている。これだけでもわれわれの円に換算するなら60万円である。しかし、それだけでは確保される安全もたかが知れたものだ。

そのあたり、ルーキーがルーキーを脱するのはどのへんか、というのも、ひとつひとつの「値段」からと詰めていくのも一法かと思う。

▶︎ 関連記事

MHE:ククリット(275年1月5日)
プレイヤーキャラクター、ククリット・ファーラングのある日のひとコマ。狩場と野帳の話。

MONSTER HUNTER EAST
MONSTER HUNTER RISE の世界を遊ぶにあたって、こちら側の枠組みとしては MHE という独自の舞台を設定したい。

MHE:空間の設定
MH世界の地理的なスケールが如何ほどのものなのかは明らかではない。ここではそのスケールを独自に設定していきたい。

MHE:時間の設定
ゲーム内では季節や年数はシステムとしては存在しない。しかしここではそれを背景に取り入れたい。