HUNTER's LOG
MONSTER HUNTER EAST

ククリット(275年1月5日)


ククリットにしては珍しいことだが、その夕暮れはクアラの街に下り、北のはずれにある小さな飲み屋『春夜鯉』で晩酌をしていた。ひとりだがカウンターには座らず、店の一番奥隅のテーブルに陣取り、壁を背にしゃんと背を伸ばして浅く腰掛けている様はハンターというより武人である。飲み屋でそれというのもいささか滑稽だが、意に介さないのがククリットという男であった。

そんな彼がクアラならではの新鮮な魚のムニエルを平らげ(ここは知る人ぞ知る魚料理の名店でもある)、二杯目の辛口の米酒を楽しんでいると、大きな音を立てる店の扉が開きひとりの商人風の中年男が入ってきた。その男は相好を崩して「おお、先生珍しい」と呼びかけると、構わず対面に腰を下ろす。何もいっていないのに、店主がククリットには分からぬ高そうな酒を継いだ盃を男の前に置いた。

「どうだね先生、今年のルーキーは」

「……ん、八人だ」

ククリットは平らげた魚の皿を脇に退けると、それだけいって絵に描いて額に入れたような仏頂面のまま、じっと男の顔を見据えた。大概の人はこの取り付く島のない態度に閉口して早々に退散するものだが、その商人風の男は平然と話を続ける。

「それだけかい。○鳥としちゃあ心細いねぇ」

大げさに眉根を寄せて見せる男に、そうか、とだけ返してククリットは米酒に口をつける。数が問題なのではない、と思ったが口にはしない。すると男はそれを読んだように、

「まあ、頭数がありゃ良いってもんでもないですか」

と誘うようなことをいう。これにも「ああ」とだけ返しただけだったが、ひとりのルーキーの娘が彼の頭に浮かんでいた。

✱ ✱ ✱

それは新年最初の昼過ぎの事だった。年末は妻のルーンの郷里に厄介になっていたククリットだったが、シャガの里にハンター養成過程のルーキーたちが来るのは一月一日なので、教官である彼だけ昨日戻って来ていたのである。それでやや手持ちぶたさに倦んで武具の手入れでもしようかと思ったところに、

「ごめんください」

と外から細い声がかかったのだった。今年年次の上がった生徒たちの声ではない。新入のルーキーかと思いつつ戸を開けると、はたして確かにそれらしいレザーライト姿の娘が立っていた。

随分緊張した面持ちの彼女の話によると、麓のクアラの街でシャガの彼宛の手荷物を頼まれたのだという。見ると確かに○鳥屋に頼んだ新しい腰袋を持っている。おお、そうであったか手数をかけたどうもありがとう、まあ上がって行きなさい、くらいのセリフが出てくれば良いのだが、ククリットはというとこの間「なんだ」「そうか」の二言しか発さなかったわけで、このルーキーの娘の緊張が解けないのも当然とはいえる。

それでも彼女が部屋の中に興味がある風であったので、好きにしろとばかりに上がるのを許したのだから、彼にすれば上出来な部類のもてなしではあったのだが(普段はルーンが対応している)。

ククリットは傍から見れば変人の類である。シャガには教官用の住居があるのだが、彼はその庭に狩場のキャンプ同様の設えを持ち、自室としている。ここに来たルーキーは概ねぎょっとして気もそぞろとなるものだが……

では目の前のルーキーの娘はというと、緊張した顔付きのままではあるが、好奇心のほうが勝るといった風にキョロキョロしており、臆したところがない。

(意外と太い、か)

ククリットはやや評価を改めつつ、彼の右手の棚が殊に気になっているような彼女に、

「手に取って見ても良い」と促した。

その棚に並んでいるのは百を超える小さな野帳であった。数十年に渡るククリットの狩の記録であり人生そのものといえる。余人には見分けもつかない粗末な野帳の並びではあるが、この娘には何か感じるものがあったのか。

毎年最初に記録の重要さを説き野帳を生徒に渡すククリットだったが、まあ、大概のルーキーはポカンとして受け取って、本当にその重要性に気がつくのは何年もたって痛い目を見た後である(それでも気がつくだけ良いほうだ)。彼もそれは仕方がないと思っていた。

しかし、そこで野帳を開いた娘がすぐに目を見開き、軽く身震いをしたのを彼は見逃さなかった。(ほう、)と思う。

「重要なのは想像力だ」

若い頃狩りを共にしたあるハンターが口癖のようにいっていたのを思い出す。このルーキーは野帳の一ページだけから、ククリットの狩の積み重ねを「想像」してのけたのだろうか。面白い、と思う。

そして実際に「面白いか」と、(ククリットにしては極めて稀なことに)自分から感想を尋ねた。ルーキーの娘は、心ここにあらずという風で「あぁ」とか「うぅ」とか呟いていたが、かろうじて「これが、狩……」と口にした。良い感想だ。

「狩の教習がはじまれば、お前たちにも同じものを渡す。だがほとんどのルーキーはこれへの記録の重要さになかなか思い至らん。お前が今何を思ったのかは知らんが、その感覚はよく覚えておけ」

ククリットは授業のような調子になり(授業中は彼も普通に喋る)彼女にそういい、

「名前は」と加えた。

娘は少ししっかりした声になり、

「マナサ、マナサ・ライといいます」

とこたえ、はじめて少し笑った。

✱ ✱ ✱

ククリットがそんなことを思い出している間も商人風の男は、奥様はどうしたんで、ああ、まだ新年で郷里ですかい、羽が伸ばせて結構ですなあ、などとひとりで勝手に話している。

「ひとり、面白い娘がおるやもしれんな」

彼はそんな男の話に構わずそうつぶやくと少し笑った。商人はこの男のそんな顔を初めて見たようで一瞬目を見開いたが、すぐに何でもない風に戻って話を続けた。しかし、目の光が強くなっているのは隠せていない。

「へえ、先生がそんな評価をすると……確かに面白い」

「ふん、ヒクイよ。○鳥大番頭のお主なら気にもなるか」

それだけいうと、ククリットは米酒を飲み干し、それ以上の詮索は無用とばかりに席を立った。「先のことは分からん」と付け足し店を出ようとする彼の背に、商人はもう一声をかける。

「でも先生、先生が来て五年だが、ひとりのルーキーのことを口にしたのははじめてですぜ」

流石だな、と思ったがそれも口にはせず「そうか」とだけいい、また少し笑うと店を後にした。


○鳥屋:商業の街クアラを取り仕切っている大商会「まるとりや」(初代がガーグァを駆って活躍したことから)。シャガの里が構えられたのも○鳥屋の尽力によるところが大きい。
一月一日:この世界の、殊にハンターたちの仕事はじめは新月である一月一日。しかし仕事熱心というわけではなく、年末年始の仕事休みは先月大いに取られている。
野帳:野帳(ハンターノート)の重要さは東西を問わず知れたことであり、ハンターズギルドから大量に供給されている(登録されているハンターなら無料で手に入る)。
ヒクイ:この大番頭ヒクイは只者ではなく、○鳥屋総帥の兄の下にはあるものの、今代きっての切れ者といわれる本家の次男。今回『春夜鯉』に現れたのも、ククリットが街に下りてきたという報せを聞いてのこと。実はククリットもまだ知らないが、引退していた彼に白羽の矢を立て、シャガに迎えるよう算段したのもこの男。


シャガの里

シャガの里ではハンターズギルドが直にルーキーハンターの養成を行っている。ルーキーは最長三年間所属することができ、あたかも〝シャガの里のハンター〟であるかのように狩の経験を積むことができる。自身の仕事がシャガの里の収入ともなるので、別に授業料などが要ることもない(装備は各自持ちだが、格安で初期装備が購入できもする)。

もっとも「学校」のようであるのは最初の一ヶ月だけだ。その一月は座学があり、教官に引率されての狩場の実地教習があり狩猟採集の基本が教えられる。しかし、その後はもう放任され、どう過ごすかはルーキー次第となる。教官のサポートがある里付きのハンターという態となるわけだ。

教官は常時クエストの体裁で自分の講習を貼りだしており、ルーキーたちは必要に応じてそれを受ける。例えば小型モンスターの解体一次処理の技能講習も、イズチ討伐とかブルファンゴ討伐のクエストとして貼りだされており、区分が「ククリット・教練」などとなっている。クエストにはククリットが同行し、狩られたモンスターの解体技術などを教える(教官の収入はギルドからあるので、ルーキーは通常の同様クエスト相当の報酬が得られる)。

実際はキャンプで解体される

ルーキーたちは通常一年次は大型モンスターの侵出のない直近の狩場での活動が許され、二年次には奥の大型モンスターの侵出のある狩場と、提携しているトーンレーン水没林の狩場での活動が許される(ただし狩猟を受けられるモンスターの危険度には制限がある)。三年次になると同域のより危険度の高いモンスターの狩猟が許され、またギルドが紹介する他地域の狩猟が受けられるようになる。

シャガの里本来の目的は広い地域のいろいろの里と狩場に通じたハンターを養成することにあるので、実はこの三年次の後からが本番である。ハンターズギルド直属のハンターの拠点としてのシャガの里なのだ。しかし、三年のルーキー課程の後の身の振り方は自由でもある。当然優秀な者は口説かれるが、ここで学んだからギルド直属ハンターにならなければいけないということはない。

大まかにはそんな具合のシャガなのだが、ここでは最初の一月に教えられる座学と実地の教習の中から、ルーキーたちが一番はじめに理解しなくてはならない〝狩場とは何か〟という項目だけを簡単に見ておきたい。

狩場とは何か

ルーキーたちが真っ先に理解すべき重要な事柄は「狩場は自然ではない」という点だ。

狩場とはその全体が一個の巨大な罠なのである。

狩場は巨大な罠である

狩場は大型モンスターが縄張りとしたくなるような立地・餌場が整えられた場所であるとともに、ハンターの移動経路が確保され有用な植物などが育っている場所でもある。その地形は人の手が加わったものであり、植物等は意図的に栽培されているものだ(無論やり過ぎればモンスターは違和感を抱いて寄り付かなくなる)。野生の環境では到底モンスターに太刀打ちできない人間が狩を可能とすべく設えた土地、それが狩場であり、その環境は日々有効であるよう、細心の注意を払って整えられ続けている。

狩場を監理する里に生まれてハンターになるなら、そのあたりの事は重々承知に育つのだが、そうでないところから年長じてハンターになろうという者には「そうだったのか」となる部分だ。

まずルーキーたちは座学でその概要を知らされ、その後実地で監理者(ここでは教官たちの仕事でもある)が日々どう狩場を整えているのかを体験する。そしてはじめて狩場の中の物が(侵入してくるモンスターを含め)第一に監理する里の財産なのであることが実感され、ハンターの勝手が許されないことが理解される。

有用な植物は育てられている

ちなみにシャガの東の狩場の先には手付かずの野生のままの土地が保存されている。手を入れればシャガの狩場と同じようになる条件の立地で、ルーキーたちが〝では狩場でないとどうなるか〟を体験できる環境となっている(教官の同行なしで立ち入ることはできない)。「とても狩猟など無理だ」とすぐに思い知らされることになる。

野帳

さて、では上の寸景にも出てきた野帳の話だが、これは未だ舞台裏でも定形の定まらないところなので簡単にヒント程度で。

一月の基本講習の中で、

「お前たちは最強の狩の道具を知っているか。伝説に語られるモンスターの素材を鍛えた武具か、太古の層から掘り起こされた宝具か? 実はそうではない。お前たちの狩を一日でも長く保つための最強の道具は今くれてやることができる」

そうククリットがいってルーキーたちに手渡すのが、ハンターズギルドが大量に用意している野帳である。

舞台裏ではゲームプレイに応じて実際に手書きのノートが取られている。無論ゲーム内にノートが必要となるほどの振幅はないので「これが実際の狩場であったら」として考えつくことのメモとなるが。現在は(昔大量に買い溜めてしまっていたこともあり)ザ・野帳であるコクヨの「SKETCH BOOK」に鉛筆で書いている。

それが一体どうしたのかという話だが、ここにも〝身体感覚の投入〟の糸口があるのじゃないかと考えている、ということなのだ。ゲーム内のハンターとプレイヤーであるわれわれが日常的に同一の身体として同様なことを行えるのは、おそらくここではないかと思う。

今はまだそれがどのような形に落ち着くのか(例えばハンターが実際使っているだろう筆記具を作ってみるとか)分かっていないのでアテのない予告程度の話だが(とりあえずデジタルではない、ということは間違いない)。

おまけ

ちなみにククリットのオトモアイルー・フォンは、一度ハンターを引退した彼(正確にはファーラング夫妻)が引退前に狩りを共にしていたアイルーの子ども。防具はユクモ地方の堅木から削り出された逸品である。上の寸景のときフォンはククリットの妻・ルーンの郷里のほうにいる。

フォン

▶︎ 関連記事

MHE:マナサ(275年2月8日)
プレイヤーキャラクター、マナサ・ライのある日のひとコマ。剥ぎ取りナイフの話。

MONSTER HUNTER EAST
MONSTER HUNTER RISE の世界を遊ぶにあたって、こちら側の枠組みとしては MHE という独自の舞台を設定したい。

MHE:空間の設定
MH世界の地理的なスケールが如何ほどのものなのかは明らかではない。ここではそのスケールを独自に設定していきたい。

MHE:時間の設定
ゲーム内では季節や年数はシステムとしては存在しない。しかしここではそれを背景に取り入れたい。