ボラのヨーバミ

神奈川県中郡大磯町


ヨーとは夕方の意味。ボラがまとまると色が赤くなる。その赤くなったところに船が通りかかると、船の中にボラが飛び込んでくる。そういうときは、みな船の中に伏せてムシロなどを被る。

このボラたちをまとめているのはナガモノ(蛇)だという。ナガモノに追われて、何百何千といるボラが船に飛び込んでくるのだ。それはナガモノといっても大蛇だろう。その毒気(どっけ)、息を吹きかけられると危ない。だからムシロかトバを被って、その中を抜けてくる。そうすると、ボラが相当入っている。(男、大正三年生、大磯)

『大磯町史8 別編 民俗』
(大磯町)より要約

追記

石見の「影ワニ」のような話が大磯にもあるのだ。影ワニは異常な豊漁をもたらすが、海面に映る影を喰うので、莚など被って自分の影を消す、という話だ。毒気と影取りの違いはあるが、過ぎた富が死に近接するという枠組みは同じだ。

しかし、そのところはさておき、ここでは大磯では蛇が豊漁と密接に関わるというところを見ていきたい。「ながもの」と沖言葉で忌んで呼ぶように、蛇は直接呼ぶと船に禍をもたらすとされることが多いのだが(「蛇と船」など)、竜宮(りゅうごん)さんと祀って豊漁を祈願する対象でもある。

両義的な側面を持たずに、端的に船内に蛇がいたから漁があった、とする話もあり(「餌に混ざっていた蛇」など)、蛇は船に禁忌だ、というばかりではない感覚がある。

また、地域的には小田原より伊豆にかけてよく祀られた竜宮(りゅうごん・じゅうごん等)さんだが、ここ大磯でも祀られていたことは確認しておきたい(「シャチガミ」)。そのご神体は出雲竜蛇様のような、海蛇にとぐろを巻かせた形状のものだった。

ひとまず、その両話からさらに関連する話を追っていきたい。弁天さんが、とか竜神さんが、という場合はともかく、「蛇が豊漁を」と直裁にいう事例というのは実はそう多くはない。大磯からの一連の話はその点貴重である。