天狗の木の大蛇

神奈川県南足柄市


明治二十七年、日清戦争のころ、猿山部落(今の広町)の上の三ッ木山の大杉が伐採されることになった。伐採後、一の枝から尺板がとれたという、雲をつく王者の風格のある杉で、天狗の木と呼ばれていた。

何人かの人が鋸を入れるが手を引くという中、和田河原の材木商が買うことになった。材木商は下見に行くと、大杉に〆縄を張り巡らし、
 神の地で、神の木ならば、神もある
 民の地の木に、神もあるまい
と半紙に書いて貼った。

そして翌日、材木商は弟と二人で伐採に取り掛かったが、周囲の雑草を刈って火をつけると、
「さあー お前ら、今日はこの木をきるから、怪我をすると、いけないから、早く 子供を連れて逃げろ」
と人もいないのに叫んだ。

すると、風下の茅の中から、径六寸五分、長さ七尺もある大きな蛇が、一直線に風上に向かって走り出し、また茅の中に消えた。五尺の丈がある茅が野分のように分かれたという。材木商兄弟は驚き、以後在世中の語り話になっていた。(大滝正「郷土の伝承大蛇物語」より部分)

『史談足柄 第13集』(足柄史談会)より要約

追記

元稿は、南足柄市の竜蛇討伐伝説「長泉院来由記」に触発され、本当にそのような竜蛇がいたものかと土地の話を集めてこられた方の手記から。いくつかの話があるが、それぞれに引いた。

別の近くの話としては、やはり木材の供出に関して竜蛇がが現れたというものもある(「浦山の竜蛇」)。そちらは単に大きな蛇というのではなく、竜のような容姿の怪が現れていて興味深い。

ところで、こちら天狗の木のほうは、その大杉を伐る際の材木商の呪い・前口上があって興味深い。前段の張り紙は、それが神木でないことの確認、後段の呼びかけは、周囲に住む生き物(土地の主としての)らへのものだろう。こうしたことをして後、大木は伐られるものだったと思われる。