扇ヶ谷の蛇ヶ谷

神奈川県鎌倉市


昔、扇ヶ谷に美しい娘がいた。あまりの美しさに小さな蛇がとりつき、年がら年中蛇が娘の後をついて歩くようになった。やがて蛇は家の中にまで入ってくるようになり、家の者が気味悪がって殺そうとしても、すぐ隠れ姿を消す。しかし、すぐまた娘のそばに出てきて離れないのだった。

そうしているうちに、ついに小蛇は固く閉め切ってある娘の臥床の部屋へも入ってしまった。そしてしばらく寝ている娘の枕元でとぐろを巻いていたが、やがて臥床の中へ滑り込んだ。次の朝、娘は床の中で冷たくなっており、小蛇が娘の肌に絡んで死んでいたという。

『かまくらむかしばなし』沢寿郎
(かまくら春秋社)より要約

追記

海蔵寺の裏山、北の浄智寺へむかう山中に蛇居ヶ谷切通があり、そこのことだと思われる。鎌倉には「蛇ヶ谷(じゃがやつ、か)」と呼ばれる谷戸が三つもある、という話のひとつ。他の二つの話は中世説話の舞台とされるのだが、上の話は現状古典には見ない。

蛇聟が針など刺され死に、通われた娘は蛇の子を堕ろして死に、という具合に結果双方が死ぬ話は多いのだが、上のように諸共に死へ向かう話というのはそうはない(なくはない「盆花とりの娘」など)。

故に、このような話が語られた意味というのが難しく、果たしてこの話が地名の由来を語るものなのかどうかもよくわからない。話上も、だから蛇ヶ谷という、とはいっていない。

同じことは他の二つの蛇ヶ谷の話にもいえ(「西御門の蛇ヶ谷」など)、原典の文に谷戸筋を特定するまでの記述はなく、その話がある故に蛇ヶ谷という、とまでは語られない。