扇ヶ谷の蛇ヶ谷

原文:神奈川県鎌倉市


むかし、ここにひとりの美しい娘が住んでいました。あんまり美しかったからでしょう、いつの間にか蛇にとりつかれてしまいました。その蛇はちいさい蛇ですが、年がら年中、いつでも娘のあとをついて来るのです。はじめのうちは、それでも、娘が外へ出た時だけ、どこからともなく現われて、あとをついて来たのでしたが、そのうちにいつの間にか家の中にまではいって来て、しつっこくついてまわるようになりました。

娘はもとより、家の中たちも気味悪がって、追いはらい、時には打ち殺そうとしましたが、どうしてもうまく行きません。追いはらわれた時だけは、どこに隠れるのか姿を消しますが、またすぐに出て来て娘のそばを離れません。

そんなことがつづいたのですが、ついにある夜、娘が臥床につき寝入ってしまうと、小蛇はかたく閉めきってある部屋へどうしてはいったのか、姿を現わし、しばらく枕もとにとぐろを巻いていましたが、やがてスルスルと娘の臥床の中へすべりこみました。

次の朝、娘がいつまでたっても起きて来ないので、家の人が起こしに行って見ると、娘は床の中で冷たくなっていました。よく見るとあの小蛇も娘の肌にからみつくようにして死んでいました。

『かまくらむかしばなし』沢寿郎
(かまくら春秋社)より

追記