味の素に蛇を買ってもらう

神奈川県川崎市川崎区


味の素は小麦粉で作るんだそうだけど、この河川敷の所にいきなり工場ができて。ここらは湿地帯で蛇がうじゃうじゃいた。そこに化学工場ができて、宮武外骨の雑誌なんかに、味の素は蛇から作った、という記事が載ったりした。

それから香具師が蛇の黒焼きを売るのに、この美味さが味の素の秘密なんだとやった。それで、まわりの人がここいらにいた蛇を捕まえて、買ってもらいに行った。

『川崎の世間話』
「川崎の世間話」調査団
(川崎市市民ミュージアム)より要約

追記

味の素のサイト「グループ100年史」の頁にもあるが、関東大震災後あたりの時期、躍進する味の素は、その原材料が蛇だ、というデマに苦しんだ(「何といってもいちばん弱ったのは、蛇説です」とある)。引いた話にもあるように、外骨主筆の雑誌にそのような広告が載ったり、外骨自身がそういった話を書いたりし、また香具師がその口上に好んで使ったというのが大きかったようだ。

ちなみに多摩川を渡って一里もないところにも、「蛇のだし」が重要な役割を果たす話があり(「かんまがりのうなぎ」)、この多摩川下流域に「蛇の旨味」のイメージが近く見えるというのも興味深い。

また、味の素の話は怪異のお伽話という枠を超えて、現実にそういうことがあると思う人が多くいた、という点が肝になる。そのような、実際にそういった料理法があったのじゃないかと思わせるような話としては、上州の「蛇と御飯」の話などを参照されたい。

ともあれ、蛇の出汁・旨味の話題は各地に見るといっても、そうそう多いというものでもない。古来のそういったイメージが産んだデマということだが、この味の素の一件が逆に各地の話を生きながらえさせたという面もあるかもしれない。