双子池

長野県南佐久郡佐久穂町

立科山中に二つ並んだ双子池がある。昔、切原村の上小田切に大尽があり、十三になる美少年がいた。蛇の絵を描くのが好きで、寺子屋でも「双子池の主になる」といっては蛇の絵ばかり描いていた。その少年の姿が、ある日急に見えなくなった。

家人が探し回った末、もしやと双子池へ行くと、雪駄が脱ぎ捨てられていた。最後にもう一度姿を見せてくれ、と願うと、水面が泡だって笑顔の少年が現れた。もう一度願うと、渋面を作って現れた。そして三度願うと、黒雲を巻き起こして大蛇の姿で現れた。少年は望み通り池の主となったのだ。

それから、家人が願い事を紙に書いて池に投げ入れると、何でも叶えてくれたが、約束を違えてからは聞かれなくなってしまったという。また、この家では以来十二で元服を行うようになったそうな。

『限定復刻版 佐久口碑伝説集 南佐久篇』
(佐久教育会)より要約

双子山という峠の下に双子池は今もあり、周辺にいろいろ様々な伝説が語られている。このヌシになりたいといっていた大尽の息子の話はその代表。他に類を見ない話といえるだろう。

同項にはこの話の異伝に見られる相違点が列挙されているが、少年が「大窪の大明神前の広場で地踊りをしていた時、黒雲に包まれて双子池に運ばれた」とか「願い事のきかなくなったのは、主が上州榛名の池に移ったからだともいう」また「芦田明神として祀られたから、そちらへ移るため願い事はきかぬと」告げられた、などという辺りは興味深い。

なお、最後の少年の家がそれから十二歳(少年が蛇となった前の年)を元服とした、というところもよく覚えておきたい。イニシエーションというのは一面、あちらの存在がこちらの存在として定着する、ということを意味する。