蛇の枕

門部:日本の竜蛇:四国:2012.03.01

場所:徳島県阿南市亀崎:大池
収録されているシリーズ:
『日本の伝説16 阿波の伝説』(角川書店):「蛇の枕」
タグ:蛇の枕石/竜蛇のわたり


伝説の場所
ロード:Googleマップ

なぞなぞのような話。謎と言えば竜蛇譚はみな謎だが、「そのココロや如何」と問うようなものもある。表題話の方ではなくて、あまり知られていない方の伝説(後段)の方だが、まず枕に表題話「蛇の枕」の話をしておこう。

この大池には蛇の枕と呼ぶ大岩があって、大蛇はこの大岩を枕にして色変りの松に尾を巻きつけて寝そべっていた。殿さまがこの大蛇を退治しようとして弓の名人船越某を召して弓を射させた。
船越は十三本の矢を放って大蛇の左の目を射て退治してしまった。大蛇のたたりでそれからというものはこの池の魚はすべて片目になったという。

角川書店『日本の伝説16 阿波の伝説』より引用

亀崎:大池
亀崎:大池
リファレンス:街コミZAQ画像使用

地元の語りとしては「片目の魚」のタイトルのようで、大池の魚が片目であること、という点がもっとも重要であるようだ。

「阿波の民話:片目の魚」(webサイト「徳島新聞Web」)

「蛇の枕」という石・岩は各地にあって、雨乞いの祭場となったりする。形も色々だが、この亀崎大池の石がどのようなものかは現状分からない。実はこの南西牟岐町出羽島にも大池があり、蛇の枕の石があるのだが、それは「巻きつきやすそうな」形をしている。

出羽島:蛇の枕石
出羽島:蛇の枕石
リファレンス:わたしの散歩道画像使用

また、少し気になっている点として、大蛇を射倒す矢が「十三」であることが結構あるように思う。黒髪山でも後藤助明は十三束の矢を射ている。決め手となった為朝の方は一五束だが。気になって間もないので何ともいえないが、何かあるかもしれない。

さて、そのように退治されてしまっている大蛇なのだが、なぞなぞは先の話の中にもあった「色変りの松」の所なのだ。

ここ(亀崎)には松の木の良く茂っている黒山という山がある。その山の根を洗うところに大池とよぶ池があるが、この池には昔から大蛇の雌がすんでいた。大蛇の雌は讃岐の国の満濃池の大蛇のところへ嫁入りすることになった。この池のそばには弁天さんの社があり、そこには葉の色が一年のうちに四度変わるという色変りの松がある。大蛇は村の人に向ってもしも私が離婚してこの池にもどって来るとこの松の色は変わらなくなるといって嫁にいったという。

角川書店『日本の伝説16 阿波の伝説』より引用

という松なのだ。杜子春の牡丹は日に四度色を変えたと言うけれど、とりあえずそれはそういった「不思議松」ということで良いだろう。問題なのは「離縁して戻って来たら松の色が変わらなくなる」という雌蛇の宣言である。黄金松とも呼ばれるこの色変りの松が神威の表象だとして、雌の大蛇が満濃池に嫁入りして去ってもその神威が途絶えるわけではない、ということだが、離縁して戻ったら途絶えてしまう、という了解で良いのだろうか。これはどういうことだろう。

考えられるのは、これは本来「竜蛇のわたり」の話であった、ということだ。先に紹介した地元の大蛇退治の話では、満濃池の雄蛇が通って来ていた、ということになっている。つまり、満濃池と大池の間の大蛇が行き来している状態が神威の源だった、のではないか。さらには双方の大蛇の動向が松の色に反映していた、という様に見えなくもない。大池に雄雌が揃う時期には一番色づく、というような。離縁によってその行き来が断たれてしまうと松は色を変えなくなってしまう。大池の神威もなくなってしまう。と、考えると一応つじつまは合うような気がする。

無論、空想と言えばそうだが、あれこれ竜蛇譚を見て回っていると一見意味不明ななぞなぞを前にしても一応何か考えることが出来るようになって楽しい、ということである。しかし、そればかりでもない。満濃池の竜蛇はモテモテなのだ。四国では「雌蛇」とわざわざ断るようなら高確率で満濃池に嫁にいくと言いだす(笑)。安田川の姉妹の姉も多分そうだったのだろう

これらが皆「竜蛇のわたり」の枠組みを持っている話だったとすると、四国では竜蛇が移動することを季節のサイクルとして見ていた可能性が出てくる。「そのようなものがあったのではないか」というのは予断だが、思い込み過ぎない限りは新しいヒントを得るためのアンテナになるだろう。その土地にどのような信仰空間があったのか、その結果はこの亀崎大池のような小さな竜蛇譚の構成にも反映されているはずだ。ならば、その小さな伝説の問いかけるなぞなぞが大きな舞台の流れを指し示すこともあるはずである。「やっぱりそうだったか!」と言える日が来ることを期待したい。

memo

蛇の枕 2012.03.01

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