満濃池の竜神

門部:日本の竜蛇:四国:2012.01.02

場所:香川県仲多度郡:満濃池
収録されているシリーズ:
『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角川書店):「満濃池の竜神」
『日本の伝説13 四国』(山田書院):「満濃池物語」
初見:『今昔物語』「竜王、天狗のために取られたる物語り」
タグ:日本の竜蛇/水を得て復活する竜


伝説の場所
ロード:Googleマップ

「日本の竜蛇」と竜と蛇をひとくくりに扱っているが、それが日本の「竜−蛇」の特徴でもある。お隣中国では龍は龍、蛇は蛇、と別物だという感覚が強いようだが、日本には明瞭な境はない。と、言うよりそもそも「竜」の話などほとんどなかったのだと言って良いだろう。

大概の「竜の話」も、もとをただせば大蛇譚だったものが下って竜だと表現されるようになった、という具合である。そんなわけで日本では竜蛇はわりと自在に通じている。では、讃岐の満濃池の竜神の話を通して、そのような「竜−蛇」の一面を見ていってみよう。

満濃池
満濃池
リファレンス:JCC「日本の土木遺産」画像使用

満濃池物語:要約
満濃池は『今昔物語』にも記述のある古代の巨大な溜め池である。大同年間に造られ、後に弘法大師空海が補修・完成させたと伝わっている。このような歴史を持つ池(湖だが)なので、人の手による水とはいえ、やがて竜神も棲みつくようになる。
あるとき、満濃池の竜神は小さな蛇に姿を変えて堤の上で日に当たっていた。すると近江比良山の天狗が鳶に化けて飛来し、小蛇を攫って比良山へ連れ帰ってしまった。小蛇は竜に戻ろうとしたが、それには一滴でも良いから水がなければならない。しかし、比良山の洞窟には水がなかった。
今度は天狗は比叡山の僧を攫ってきた。小蛇はその僧が持っていた水瓶から水をもらい竜の本体に戻ることができた。竜は宙を飛んで僧を比叡山へと送り返し、自分も満濃池へと戻った。しかし、例の天狗に仕返しをしないと気が住まない。
機会を狙っていると天狗が法師に姿を変え、京の町を歩いているのを見つけたので、竜は早速襲い掛かって蹴り殺してしまったそうな。

山田書院『日本の伝説13 四国』(日本伝説拾遺会)より要約

『今昔物語』にも記述のある満濃池、というよりこの天狗に攫われる竜の話そのものが『今昔物語』にある。古い話なのだ。満濃池は弘法大師伝説の地でもあり、これらが絡んで周辺楽しい類話が沢山あってそれも興味深いが、今回は一点、「龍」と「竜−蛇」という側面のみの話としよう。

この話の面白いところは日本的な竜蛇の有り様と、中国の龍の有様の影響を受けた様子とが同時に描かれている点にある。まず、話中竜神は小蛇となってひなたぼっこをしている。このように竜−蛇は連続したもの、置換可能なものというイメージが強い。蛇が大蛇となり、ヌシともなれば角が生え、さらに宙でも舞うようになったら竜なんだろう、くらいのものである。しかし、ディティールとなると中国の話からもたらされたものが見える。

水が枯れると神通力が失われるのは河童の頭の皿だが、これは中国の龍の頭にあるという「博山」という器官(瘤)がもとであろうと思われる。龍は博山の水気(沢水)が枯れると飛べなくなるのだそうな。さらに古くは伏羲・女媧神話の原型とも言われる苗族の祖先譚の雷神も水を得て復活している。満濃池の竜の話もこのような性質・伝承を引いているのだろう。しかし、日本では普段はひなたぼっこするような小蛇で描かれることになるのだ。中国の「龍」の有様が強くもたらされたはずなのに、「竜−蛇」の枠組みになって(戻って?)しまうのである。

私はこれは「日本は太古からの蛇神信仰が色濃く残り、龍のイメージが定着しなかった」という単純な話ではないと考えている。先走ったことを言えば、龍をその対称とするほどの強力な王が出現しなかったのが日本なのだ。「龍学」と言っている私は日本を「龍の国」だとは思っていない。日本龍学はこの国が「竜−蛇の国」であるという方向へ行くと思う。きっとそこで、この満濃池の畔でひなたぼっこをする小蛇の竜を思い出すことになると思うのだ。

龍と竜−蛇について
私は「龍」を中国の皇帝がその対称とするような、「必ずしも現実に存在する生き物の延長である必要のない」ところまで形而上化の進んだ存在を指す場合に用いている。逆に「竜−蛇」で表すのは「どこかで大地・海と繋がっている、そこから生まれたことを前提とする」存在のことである。
無論個人的かつ便宜的な分別ではあるし、世界的にはまた違った話にもなるだろう。簡単には「竜」は蛇の延長、「龍」はそこから切れた先の何か、というところである。ちなみに漢字の龍と竜の字義に違いはない。竜の繁字体が龍である。

memo

龍城神社
式内:神野神社
リファレンス:まんのう池コイネット画像使用

満濃池の守護である式内:神野神社がこの竜神の話に繋がる神社としてふさわしいのだろう。主祭神である罔象女命は満濃池ができる前にこの地にあった井戸「天真名井」の神であるともいう。

▶「神野神社」(「玄松子の記憶」様へ)

また、池周辺の「国営讃岐まんのう公園」や「満濃池森林公園」には竜の名を冠したエリアや竜をあしらった遊具もおかれ、伝説の根強さが見える。

満濃池森林公園ファミリー広場
満濃池森林公園ファミリー広場
リファレンス:都村製作所画像使用

満濃池の竜神 2012.01.02

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