お玉井戸

山梨県上野原市


野田尻が宿場として栄えていた昔、大椚から入る所に長峰の池という池があり、風趣に満ちていた。その頃、野田尻宿のえびす屋という宿屋にお玉という美しい女中がおり、近在の若者たちのあこがれの的だった。おかげでえびす屋は大賑わいだったが、ひときわ目立つ美しい若者が夜ごと通うようになった。

お玉と若者は恋に落ち、夜な夜な逢瀬を重ねたが、帰ってくるお玉がいつも全身びっしょりなのをいぶかしく思い、主人が訳を訊いた。すると、お玉は恋人は長峰の池の主であるのだという。そして、もう屋敷に仕えるわけにはいかなくなった、お暇をいただきたい、という。

わが娘のように可愛がっていたお玉であったので主人も悩んだが、ついには折れて、涙ながらに暇を出した。お玉は深く感謝して、野田尻は水が足りなくて困る土地なので、望む場所にきれいな水を出しましょう、といって去った。こうしてできた井戸がお玉井戸と呼ばれた。お玉自身が池の主の竜神だった、という話もある。

『上野原町誌 下』上野原町誌刊行委員会
(甲陽書房)より要約

追記

中央道のすぐ脇下に西光寺というお寺があるが、その前に「お玉ヶ井」の石碑がある。井戸はもうなく、長峰の池も中央道の下に埋まってしまったようだ。土地は確かに水に苦労した所であったようで、その点がよく強調される。

娘が竜蛇に嫁いだ結果、水を湧かせる・雨を降らせることで育ての恩を返す、という話は多く、この野田尻の話は典型といえるだろう。そしてここがポイントなのだけれど、その水は生活に第一に必要な飲料水らしい、という点を押さえたい。

なんとなれば、ほぼ同じような話が甲州には他にも見えるのだが、富士吉田の「乙女湯」の話はそのタイトルの通り、温泉(鉱泉)の由来を語るものとなっているのだ。同じ話が双方で語られたものか、というくらい似ている両話だが、そこには差があるかもしれない。

ところで話は変わるが、相州も上野原との境辺りの、もと藤野町は池の坪というところに、池の竜神がこの長峰の池に去った、と語る話がある(「池の坪の竜神」)。土地の繋がりというなら、こちらの方も頭に入れておきたい。