乙女湯

山梨県富士吉田市


乙女湯のある所には、昔美しい娘がいた。夜な夜な抜け出すようになったので家人がつけてみると、新倉山の三階の滝の竜だか蛇だかのヌシに見込まれていた。そして娘は、家の衆には申し訳ない、もういられなくなったが、かわりにどんな日照りにも涸れない水を残すから、といった。

それ以来、あそこには乙女湯という湯があったのだが、そこから絶えなく水が湧くようになった。それを後に鉱泉だかの湯を立てて入るようになった。

『富士吉田市史 民俗編 第二巻』
富士吉田市史編さん委員会(富士吉田市)より要約

追記

この話は郡内野田尻でも同じように語られるもので(「お玉井戸」)、甲州では人気の展開だったのかもしれない。しかし、話の筋は同じなのだが、湧く水の性質が異なる。野田尻で湧いたのは飲料のための水であるようだ。

富士吉田にはその名も「乙女湯」という温泉施設があるようで(市史には写真が載っている)、この話はその温泉の由来伝説となっている。ここが重要な所だ。もしそれが話の核だったならば、飲料水が湧いたという話とは少し違うだろう。

しかし、話の中では「この水が、どんな日照が来ても絶対に絶えることがないようにして行くから」といっているところを見ると、鉱泉の話が後付けのようにも見える。そもそも、湯の沸く話というのはその効能をうたうものでもある。