湖底の屋脊

神奈川県足柄下郡箱根町


箱根の湖水の神を祀る時は、山伏が舟に乗って水上に出、強飯を素木の平器百枚、湖心に投げ入れる。跡を見ずに返ると、水面に大きな渦が出、平器を水底に巻き込んでしまう。これ神の所為であると。毎年のことだが、平器が浮き出したことがないというのも不思議な事だ。

また、旱のときに湖水が減ると、水底に屋脊(棟)が見える。土地の人は龍宮城の屋根という。これが見えると程なくして必ず雨が降るという。この棟は何なのであろうか。

(「甲子夜話」より)

『箱根神社大系 上巻』箱根神社社務所
(名著出版)より要約

追記

タイトルは独自に付けた。ともあれ、松浦静山はこのように芦ノ湖の様子を見聞した、ということだ(続けて日光中禅寺湖にも同様に湖底に堂宇が見えること、肥前釜ヶ淵の底に石頭が見えることが語られる)。

強飯・赤飯を湖中に投ずる湖水祭の由来は、湖底の大樹につながれている九頭龍に捧げるという話が専らに語られるのだが(「九頭龍」)、静山は竜蛇のことは記していない。

一方、地元の話では聞かない湖中に見える屋根の話があることを伝えている。芦ノ湖の底には湖中木(逆さ杉・けけら木・九頭龍を繋いだ栴檀伽羅木もそのひとつ)があるのだが、そのひとつの見え方なのかもしれない。