湖底の屋脊

原文:神奈川県足柄下郡箱根町


箱根の山頂にある湖水は廻り三里と云、その神を祭る時ありて山伏舟に乗りて水上におし出し、强飯を澤山に持行き、素木の平器を百枚設置て、湖心と覺しき處にて助祭の數人その器に强飯を盛りて一時に湖中に投入れ、跡をも見ずして舟をおし返して顧れば、水面に大なる渦出できて數枚の平器を一時に水底にまき入る、これ神の所爲なりとぞ、かの百枚の平器年々の事なるに、一枚一片水上に浮出しこともなしと云、これも亦奇なることなり、又旱の時はかの湖水減ずることあり、其時は水底に屋脊見ゆ、土人は龍宮城の屋根と云、此もの見ゆれば程なくして必雨降ること違なしとなり、この屋脊の如きもの何物にや、

(「甲子夜話」)

『箱根神社大系 上巻』箱根神社社務所
(名著出版)より

追記