精進ヶ池

神奈川県足柄下郡箱根町


箱根村の尺八の名手で、盲目のあんま、名を庄次という男が二子山の麓の池で毎夜尺八を吹いていた。すると美しい女が聞き入るようになり、やがて二人は深い仲になった。

ところが満月を明日に控えたある夜、女は泣いて別れを告げた。自分は実は池の大蛇なのだといい、年満ちて明日昇天するのでお別れだと。土地は泥海と化し、村人は死に絶えるだろうから、庄次だけは逃げるように、ただし決して他言はせぬように、と女はいった。

庄次は驚いたが、村に帰ると一部始終を皆に打ち明け、下山した。村は大騒ぎとなり、物知りの発案でヘビの嫌いな金物を次々と池に投げ込むことになった。たちまち大嵐が山を揺るがしたが、おさまってみると四斗樽ほどもある大蛇の屍が池に浮かんでいた。

そのころ、芦ノ湯から湯本に通じる日和見坂に庄次の息絶えた姿が発見された。全身に蛇の鱗が突き刺さっていたという。なお、このとき金物を池に投げ込んだせいで、池の魚も死に絶えたので「精進ヶ池」と呼ばれるようになったのだという。別には、庄次の名を一字違えて付けたのだともいう。また、男は江戸日本橋のもめん問屋の息子金之助という者が芦ノ湯松坂屋に病気療養に来ていたのだ、という話もある。

『神奈川の伝説』読売新聞社横浜支局
(有隣堂)より要約

追記

このような話は「琵琶法師と竜」などと呼ばれ、各地に見える。主人公の職能は概ね琵琶法師・按摩など盲目の流浪の者。大蛇は必ずしも女というわけではなく、人と恋仲になるというばかりではない。箱根では大平台の方でもこの話が語られる(「蛇骨と大平台の名の起こり」)。

箱根周辺では、矢倉岳(足柄峠)や伊豆に下って三島宿に同様の話がある。矢倉岳のほう(「矢倉岳の主(後)」)は、また富士山を隠そうとした大蛇の話と連続して語られるが、箱根には同じく富士山に嫉妬したあまのじゃくの話があり、どういったわけかこの二系の話が並行して語られていた、という興味深いところがある。

また、三島宿の話でも「按摩」が主人公となるが、その按摩は街道山場の麓で旅人の凝りをほぐすというねらいでそこに住まっていることが記されている(「富士七巻の大蛇」)。なるほどそういった按摩たちが語った伝説であったなら、足柄(旧街道・裏関所)・箱根・三島という分布は頷けるものではある。

ところで最後に見えるもめん問屋云々の話だが、芦ノ湯には今も松坂屋があり、近くには阿字ケ池という池があったそうな(今は湿地のようになっている)。その畔には弁天があり、この伝説の舞台はその阿字ケ池だ、という向きもある。金之助を主役とする話はそうなのだろうか。