矢倉岳の主(後)

神奈川県南足柄市


(前段別記)

あるとき盲目の法師が足柄峠を通った。夜でも自分には変わりないと、夜を徹して登っていた。しばらく行くとお堂があったので、法師はそこで休み、良い月夜らしいということで笛を吹き始めた。すると、どこからともなく女の泣き声が聞えてきた。

法師が笛を吹くのをやめると、女の声が、もっと続けてくれ、という。こんな夜中の山中に、と法師が思い訳を訊ねると、女は自分は矢倉岳のヌシの大蛇なのだといった。人の匂いがするのでやって来たと。

笛の音に涙が出てしかたがない、と女がいうので、法師はでは吹き続けようといった。しかし、女はこれ以上聞くと弱気になって明日満月の大仕事に支障があるからと断った。法師が気になりその仕事とはと問うと、山にためた水を一気に流して村を全滅させるのだという。

笛のお礼に教えたが、絶対他言せぬように、と女はいって去った。法師は何百人の命とは代えられないと、村に下りると事の次第を話した。

村は大騒ぎになり、蛇の嫌う金気のものをかき集めて山肌に打ち込んでいった。途端に山が揺れ、大蛇が暴れ出した。村人らが震えていると、大蛇はためていた水を持って天にのぼってしまった。その水が飛び散り雲にり、大蛇はどこかへ消え去ってしまったという。

『私たちのふるさと昔ばなし』(小田原青年会議所)より要約

追記

このお話は原文では富士山に嫉妬し矢倉沢の村人に認めてほしく奮闘する大蛇の話の前段がある(「矢倉岳の主(前)」)。しかし、同じ矢倉岳のヌシの大蛇の話とはいえ、もともと一連の話とは思われないので別にした。

この後段の話は、所謂「琵琶法師と竜」の昔話の典型話。そして、同系の話が三島宿~箱根精進ヶ池〜(南足柄市地蔵堂)〜矢倉沢村と矢倉岳と箱根外輪山に沿って連なっており、面白い。殊に、箱根「精進ヶ池」の話とはほとんど同じものだと見てよいだろう。