お神酒松

神奈川県足柄上郡中井町


蛇橋から二〇〇メートルほど登った所に、お神酒松という大きく姿見の良い松があった。昔、小田原藩士がこの場所からの風光明媚なことに喜び、酒宴を開いたのでそういうそうな。

ある年の夏、一人の娘が両親に弁当を届けようと通り、ここで睡魔に襲われ寝入ってしまった。すると、お神酒松から大蛇が垂れ下がり、娘を呑もうとした。ところが、娘の頭から炎が立ちのぼり、大蛇を退けるのだった。

娘が遅いのを心配した父親が来てみると、その有様だったので、慌てて大蛇を追い払った。危うく難を逃れた娘だったが、その髪を結っていた紙紐に秘密があった。それは母が大山不動尊のお札を紙縒りにしてくれた紙紐だったのだ。そこから立ちのぼる炎が大蛇を退けていたのである。

『中井町誌』中井町誌編纂委員会
(中井町)より要約

追記

「蛇橋」の大蛇にまつわる話、と語られているので、同じ大蛇のこととイメージされているのだろう。このように、ここの大蛇は特に人間寄りの存在というわけでもないのだ。

こうした護符によって蛇の難を逃れる話はままあるが、これはその札の蛇除けの験を語るものと思う。大山の御札がその需要で広まっていたのかどうかわからないが、井ノ口の辺りではそうであったのかもしれない。

また、話の結構としては『古今著聞集』巻第二十魚蟲禽獣第三十「摂津國ふきやの下女昼寝せしに大蛇落懸かる事」に近い。それは寸鉄(針)が蛇を除けるという話だが、針が御札の紙紐になったらほぼこの話になる。