四万長者の妾

神奈川県南足柄市


やがて道は駿州駿東郡の聖天堂に至る。ここの聖天像は象頭双身の五尺八寸石像のもので秘仏とされている。地蔵堂部落の伝説では、兵太夫の妾は蛇だったそうで、母の骨というのを部落の人がみつけた。その骨が蛇骨としてびっくりしたが、一方蛇と見破られた妾は蛇身に返り「部落をどろ海にしやる」といい残し、大雨を降らせて足柄峠へ逃げていった。途中で地蔵堂の和尚に遭い、「足柄峠に祀るから」とさとされて、前非をくい、降雨を止めたそうだ。そこで蛇身の妾の霊を祀ったのがこの聖天堂だと伝える。この伝説は箱根精進ヶ池の伝説と良く似ている。

『相模国武蔵国 土風記』川口謙二
(錦正社)より部分

追記

上の話は同書の「金太郎伝説」の稿の一部であり、独自タイトルとした。

兵太夫とは足柄兵太夫といったそうで、これが四万町歩の田畑を持った四万長者であり、兵太夫の娘が足柄山の金太郎の母・八重桐である、という話に南足柄市矢倉沢地蔵堂ではなっている(無論周辺いろいろな金太郎伝説の異なる話もある)。四万長者の後裔という旧家が今も地蔵堂にはあるそうで、その家で語られた話のようだ。

「この伝説は箱根精進ヶ池の伝説と良く似ている」と川口が指摘するように、確かに東海道(箱根・三島)、旧東海道(足柄峠)で語られる按摩のもとに訪れた災害を予告する大蛇の伝説の一環という側面が見える(これは足柄峠・矢倉岳そのものにもある・「矢倉岳の主(後)」)。

また、そもそも足柄の金太郎伝説は金太郎が竜の子であるという面があり、信州小太郎伝説とも通じる雰囲気があるのだが、この話もそういう意味合いを語るものだったのかもしれない。上に見る筋では八重桐・金太郎との関係があるのかどうかは不明だが。

なお、聖天堂の池は、一帯の雨乞いの池としてよく知られた。地蔵堂でも雨乞いの最後の切り札がこの池であり、その由来を語っているとも思える。「地蔵堂の雨乞い」など参照されたい。