体を溶かす蛇いちご

神奈川県秦野市


昔は遊びなどそうなかったから、食いっこら(大食い競争)などした。大食いの男が自信のない男に、負けた方がそば代を払うという食いっこらを持ちかけた。自信のない男はこれを受けたが勝算があった。何かというと蛇いちごだ。

蛇は、卵をのんだり、大いたちをのんだりしても、蛇いちごを食べて食べたものを溶かしてしまう。男はこれを聞いていて、蛇いちごをたっぷり用意して、そばの食べっこらをした。

それで、もうとても食えないとなったとき、小便に行くと席を立った。これが戻らないので、逃げたのかと便所を見ると、そばだけがあって、男の姿がなかった。蛇いちごはそばを溶かさないで、人間を溶かしてしまったと、こういう話がある。

『秦野市史 別巻 民俗編』(秦野市)より要約

追記

これは落語の蛇含草・そば清の筋が昔話として語られたものと思われ、全国に大同小異の話がある(「安兵衛さまの話」)。ことに、この秦野の話のように蕎麦が出てくるとなると、「そば清」の印象が強くなるだろう。

特異な点としては、その秘密の草が、蛇苺と語られているところだろうか。多くの類話では、蛇が舐めていた不思議な草、という程度で、特定の植物の名が出ることがない。

もっとも、この話系が家伝の秘薬の由来を語るほうに流れた場合は、その材料名として名が語られることにもなる(「とげぬきの薬」など)。秦野の方にも、もとは蛇苺と特定の名を出す理由があったのかも知れない。