安兵衛さまの話

青森県弘前市


昔、津軽にケチな安兵衛という人があり、薬代もケチって十二月の薬師講まで待って出かけた。その道すがら、鳥を狙う狩人がいたので、見ていると、狩人の後ろには大きな蛇がいて、狩人をひと呑みにしてしまった。それで蛇は膨れた腹を引きずっていたが、ある緑の草をなめると、しなやかな腹に戻った。

安兵衛は感心し、この草があれば薬師講でそばを振舞われても大丈夫だ、と草を摘んで行った。そして、薬師講では腹が張り裂けそうになるまでそばをごちそうになった。さらに安兵衛は欲張ろうと思い、はばかりに行く、と言って外に出て、草をなめた。

その後、いくら待っても安兵衛が戻らないので、医者が心配になって探すと、けやきの木の前に羽織が一枚あって、その上にそばがあがっていたという。緑の草は、そばが溶けずに、人の身が溶ける草だったのだ。

『新版 日本の民話7 津軽の民話』
斎藤正(未來社)より要約

追記

つまり、草をなめて安兵衛自身が溶けてしまって、羽織と腹の中のそばだけが残っていた、という話。これは落語の蛇含草・そば清の筋が昔話として語られたものと思われる。笑い話といっても、人の身体が溶けて腹の中身だけが残るという悪趣味な話だが、かなり全国で昔話化しているようだ。

ただし、蛇が秘薬のもとになる草を知っている、というモチーフは洋の東西をまたいでかなり古くからある話であり、そば清がその末端であるというなら、人気の笑い話というだけでは済まないかもしれない。

ところで、この不思議の草はどの話でもおおむね正体が不明のままだが、相州秦野にはそれを蛇苺だとしている事例がある(「体を溶かす蛇いちご」)。ところによっては家伝の秘薬の由来となりもする話なので、植物が特定される例もままあるだろう。