竜王の松

神奈川県藤沢市


龍口様はもともと大きな長虫(蛇)であった。海から上って来たときに、頭が龍口明神のところにあり、尾は小動の浜上という所にあって、松に尾がまきついていた。それで龍の口の所に龍口明神をまつり、尾の巻きついた松を龍王の松と云った。この松は今(四四年四月)もある。

『藤沢の民話 第三集』
(藤沢市教育文化研究所)より

追記

江の島の弁天の縁起では龍口明神というと、人を喰う五頭一身の悪竜なのだが(「江島縁起・五頭竜と弁才天」)、上の話では随分と印象が異なる存在に見える。殊に、海から上って来たというところはそうだ。

ごく短い話なのでどこがどうともいえないが、相模湾岸で漁師が信仰する竜宮さん(りゅうごんさん)に近しいものに見える(「えびす山」など)。だとすれば、龍口様は一帯に幸をもたらしていた存在なのかもしれない。この可能性は気にしておきたい。

また、木に尻尾を巻きつけた竜の話は、同じ藤沢市の村岡の方に行っても見える(「龍が川の水を飲んでいた話」)。その木と竜蛇との同一性を強調する表現と見え、その小動(こゆるぎ・鎌倉市腰越)の松も竜灯の松だったのじゃないかと思う。

ただ、その肝腎な松がわからない。小動岬は風もないのに揺れた「こゆるぎの松」の名から、というほどに松と縁の深い所。小動の松は明治に枯れたというので、竜王の松は別だろう。