水底に光る星月ノ井戸

神奈川県鎌倉市


極楽寺の登り口に星月ノ井、星月夜ノ井と呼ばれる井戸があり、そばに虚空蔵菩薩堂ががある。天平二年、行基がこの地に至り、井戸の水底に三つの星が光るのを見た。光は岩に映って七日間鏡のように輝いていたという。

不思議に思った行基が土地の人に井戸を浚わせると、黒く光る不思議な形の石が出てきた。これは水の精に違いないという話が聖武天皇の耳にも入り、天皇から菩薩像を彫って祀るようにとの指示があったのだそうな。石をすくい出してからは井戸の中に星の光はなくなったという。

また、井戸の名だけでなく、虚空蔵菩薩堂は星月寺・星井寺とも呼ばれ、裏山は鏡山と呼ばれる。鎌倉の枕詞が星月夜であるのも面白い。

『三浦半島の民話と伝説』菊池幸彦
(神奈川新聞社)より要約

追記

鎌倉の枕詞である星月夜の由来の井戸の話であって、色々に類話もある。そもそも井中星が光ったのは行基がここで求聞持法を修したためともいい、土地の昔話としては、近所の女の人が井戸に包丁を落としてしまったので星が見えなくなったともいう(中野三二『かまくら子ども風土記』)。

さらにもっとも重要な点として、もともと井戸のことだけでなく、この谷戸そのものが星月夜といっていた、ということを覚えておきたい。各古典で星月夜は地名として語られる(同子ども風土記)。おそらく、星月谷(やつ)だったのだろう。

また、井戸の光は星というだけでなくまた月ともいっているわけだが、鎌倉の月見には、家の人が死んで三年間は十五夜、十三夜のまつりをしない、という忌があった(『鎌倉の民俗』)。このことは気にかけておきたい。

なお、建長寺の竜女が駕籠を頼んだ(「鱗の小判」)という、極楽寺の切通し坂下というのは、まさにこの星月ノ井戸のある場所である。関係があるのかどうかはわからないが、重ね見ておきたい光景ではある。