ひょうたん池のはたおり姫

神奈川県平塚市


昔、八幡宮の前には小さな池がいくつもあった。そのうち、大塔山のそばのひょうたん池は、薄暗く近づく人もなかった。その池からは、月の光が差し込むと、トントンカラリと機を織るような音が聞こえてくるといわれていた。

さて、その頃村にある若者がいて、まわりの勧めも聞かず、嫁をもらわなかった。若者は、あるときこの世のものとは思えぬ美しい娘に微笑みかけられる夢を見、その娘が現れると信じていたのだった。そして若者はある夜、月の光のさすひょうたん池のそばを通りかかり、機を織る音を聞いた。

若者が池の奥を見ると、そこにはかつて夢に見た美しい娘がおり、微笑みかけているのだった。若者は大声で、嫁になってくれ、と呼びかけたが、そのとたん娘の姿は消えてしまったそうな。若者は、その後も嫁をとらず、月夜の機織りの音を前に、また娘が現れるのを待ったが、年をとって死んでしまった。その後は機織りの音も絶えたという。(浅間町)

『むかしばなし 平塚ものがたり』
山中恒(稲元屋)より要約

追記

今は昔というより、今も昔もという話。平塚八幡宮周辺の池には、竜蛇に通じる印象があったようだ、ということを示す一話ではある。八幡宮の神池の源平池には、雌雄の竜頭が沈められていたともいう(「八幡神社の池」)。

そもそも滝淵に臨んで、竜蛇神の衣を織って神待つのが棚機女であったと折口はいうのだが、上の話の機織り娘は八幡の神の衣を織っていたのだろうか。それともまた別に竜蛇神がいると思われていたのだろうか。

また、このような話に通じる点として、魅かれた人の男亡き後に機織りが止む(機織り姫が去る)という場面がある。如実にそう語る例(「虹を織る姫」)を鑑みるに、上の話もそういった幕がより強調されていたのではないかと思う。今はもう、八幡宮の神池以外の池はない。