猿島に渡る竜の話

神奈川県横須賀市


三春町の春日神社は、もと向かいの猿島にまつられていて、八月には毎年猿島に渡ってお祝いをしていたものだといわれる。

祭りの前の日か後の日に、上総(千葉県)の鹿野山から大きなうなり声とともに白い波をけたてて泳いで来る大蛇があった。大蛇は猿島の社を守る神さまで、数日のあいだ北側のほら穴に住んで、ふたたび鹿野山に帰ってゆく。大蛇の住むほら穴は江の島の洞くつまで続いていたといわれるから、江の島の弁天さまと関係があったかもしれない。社が春日町に移されてからは猿島に大蛇が渡ることはなくなったといわれる。

『三浦半島の民話と伝説』菊池幸彦
(神奈川新聞社)より

追記

猿島の春日神社というが、春日神社となったのは近世からで、それまでは周辺に浮かぶ十の島の神ということで十嶋大明神といった。島から三春町に遷座されたのは明治十七年。

島には別に日蓮漂着の伝説があり、北にあるほら穴というのは日蓮が籠ったという日蓮洞窟のことだと思われる。祭のとき以外禁足であったという(全島が十嶋大明神の神域であった)島の奥宮のようなものだったのだろう。

猿島は他にも竜蛇と縁深く語られる島だ。大蛇のほら穴は江の島に続くといわれたとあるが、深沢の五頭竜に仕えていた竜が逃れ来た島だという話と通じる(「夢に現ずる江の島の龍」)。それが鹿野山にどう繋がるのかは不明だが。

木更津のほうには、東京湾の主ともいうべき大法螺貝と争った印旛沼の主の大蛇が放り投げられ落ちてできた島が猿島だという話もある(「法螺貝と三原山の戦い」)。二重三重に竜蛇の島だとされてきたのだろう。

また、ここから南に東京湾・浦賀水道を渡る(渡ろうとする)大蛇の話が続くが、房総半島側に目立つ山との繋がりを語るという点では、鋸山の雌大蛇に恋したという長浜の話(「大根石」)など併せ見ておきたいだろうか。