鍬までのんだ大蛇

神奈川県横須賀市


子安の皆は働き者で、その日も野良仕事に精を出していた。ところがある日、ある男が畑を耕していると、畑に大穴が開いた。これを覗いた男は仰天した。穴から、話に聞く大蛇の鎌首が突き出てきたからだ。

男はそれでも気を取り直し、「ふづき鍬」を畑に突き立て、野良着をそれに掛けると、一目散に逃げ出した。すると大蛇は野良着の掛かった「ふづき鍬」を男と思い込み、鍬もろともに呑み込んでしまった。

鍬を呑んだのだからたまらない。大蛇はのたうちまわって死んでしまった。それから、子安には主がいなくなってしまったのだそうな。

『三浦半島の伝説』田辺悟
(横須賀書籍出版)より要約

追記

子安の里の話。鍬を呑み込んだおっちょこちょいの大蛇の話と好まれ、色々なところに紹介される。確かに大蛇が鍬を呑むという話は特異だ。しかし、その滑稽さが目を引きすぎ、再話になると普通の鍬を呑んだ話になってしまいもする。

これは、上に引いたように「ふづき(踏鋤)鍬」であることに意味のある話であったらしく、子安からは武山の反対側となる衣笠で語られた類話でも、それは踏襲されている(「鍬呑み大蛇」)。

もっとも、それでその意味とは、というとよくわからないのだが、再話ではない記録が揃って踏鋤鍬だとことわるあたり、ただの鍬では話が違ってしまうのだろう。杖を立てる伝説に類するようなものなのだろうか。子安には主がいなくなった、と語る部分には符合する。

一方で、衣服を突き立てた鍬にかけたそれは案山子に他ならない、というところも目を引く。これが依代を意味する話だったのだとすると、なんらかの農耕儀礼に関係していた可能性があるだろう。複数地域で語られていた理由としてはそれがわかりやすい。

また、もっというと、案山子は蛇ではないかと考えたのは吉野裕子だが(吉野『蛇 ─日本の蛇信仰』)、もしその感覚があったとすると、蛇が蛇を呑んだ話ということになる。その心は、という線も少し気にしておきたい。

案山子よりわかりやすい「縄」を用いる話としては、竜蛇に作られることもある勧請縄によって蛇を防ぐとする事例はある(「長田の勧請縄の伝説」など)。もしかしたら、そのような境界を定める話と近しいものが、鍬呑み大蛇の話にもあったかもしれない。