鎌取池の蜘蛛

神奈川県横浜市瀬谷区


ある朝、一人の農夫が鎌を持って池のほとりに草刈りにでかけると、一匹のくもがあらわれ、農夫のもっている鎌の刃にくもの糸をまきつけた。そこでその糸をはらいのけると、またくもは糸をはる。こうして何度もくりかえすうちに農夫は鎌の刃についたくもの糸を、池のそばの大きな松の木にまきつけると、不思議にもその松の大木は音もなく倒れてしまったので、おどろいた農夫は、手にもっていた鎌を投げすてて家に帰ってきた、そこで誰いうとなく鎌取池と名付けたと。(戸塚区社会科資料集)

『戸塚郷土誌』戸塚区郷土誌編さん委員会
(戸塚区観光協会)より

追記

三ツ境近くにあったという鎌取池の話。別に大蛇の主がおり、その化身と思しき乙女が鎌をとったといい(「鎌取池」)、そちらのほうがよく知られるだろうか。両方同資料「鎌取池」の題の話なので、こちらは蜘蛛の話とわかるようにした。

しかし、そのように手斧などをとる水の主は多く機織娘であり(「まさかりが淵」など)、鎌取池にはこれが全く語られないのだが、蜘蛛を主とする場合は機織りの暗示が強まっている可能性がある。

そのあたり万端揃った話というのが伊豆の名高い「浄蓮の滝の怪異」だ。鎌取池にも近くに白姫神社といって、養蚕守護の「しら神」と思しき姫神が祀られており、そこは併せて考えておきたい。

ところで、一般に蜘蛛ヶ淵の話では、人が糸をかけられ代わりに樹木などが引きずり込まれるものだが、鎌に糸が掛けられるというのは珍しい。鎌取池も「命をとられるか、鎌をとられるかどちらかであった」とまでいう場合もあるので(同資料)、命の危険という話ではあったらしいが。