二ツ池の竜

神奈川県横浜市鶴見区


慶長につくられた用水池の二ツ池は、元禄に水争いから真中に堤がつくられ二分され、この堤が村境になっていた。一方、この堤には竜の伝説もある。

池がひとつだったころ、池には竜神がおり、石を落すと怒って縁を通る人を殺すといわれた。この竜神を鎮めるために、村では十二月に娘を一人生贄に捧げていた。その年は、もっとも不作であった弥助の娘・タエが指名されたが、将来を約束した蓑吉という熊使いの男が竜退治を決意した。

蓑吉は十頭の熊を使い竜と死闘を繰り広げ、天候も大荒れとなった。しかし、嵐が静まるとともに、十頭の熊は竜に噛みついたまま動かなくなり、竜も最後の力を振り絞って飛んだが、落ちてその死体が池を二分する堤になったのだという。

『鶴見の史跡と伝説』(鶴見歴史の会)より要約

追記

獅子ヶ谷と駒岡の境であり、今も池を東西に分ける堤が両地区の境界となっている。近年公園化が進んでいるらしく、池の外周は遊歩道になっており、釣り場としても盛んなようだ。

しかし、その主の竜蛇を熊使いが十頭の熊を使役して倒すというのも物凄い話だ。ちょっと類例が思い浮かばない。そもそも熊使いというのがいたのだろうか。熊野の意味だろうかとも思うが、同地区には熊野神社は見ない(南隣の北寺尾にはある)。

もっとも、先頭に見るように堤ができた経緯は元禄の水争いの結果ということではっきりしているようで、話自体がそう古くないものと思われはするが。それにしても他には見ない一大竜蛇討伐の模様ではあるだろう。

ところで近く三ツ池のほうにも大蛇が出たという話があり、併せ見ておかれたい(「三ツ池竜神」)。それを先達が鎮めたというのは昭和のはじめと、かなり最近の話である。