牧の野の大蛇

東京都足立区


今の千住緑町あたりを牧野といって、その遊郭にお牧という美しい遊女がいた。廓の人気を独り占めしていたが、川越夜舟の船頭と結ばれ、駆落ちをすることになった。ところが約束の場所で待つお牧の前に男は現れなかった。

お牧は男の心変わりに怒り哀しみ、荒川に身を投じてしまった。その後、川越夜舟が通ると一匹の大蛇が現れ、舟を転覆させるようになった。人々はお牧の祟りだと、川越に地蔵をたてて冥福を祈ったという。

『新修 足立区市 上巻』(足立区役所)より要約

追記

荒川といっているのは今の隅田川。このあたりの瀬は行き来する船頭たちに難所とされ、曰く大亀の主がいるのだ(「荒川のぬし」)、片目の大緋鯉がいるのだ、そして曰くこうして大蛇がいるのだと恐れられもした。

また、ここ「まきの野」に関しては、対岸荒川区側に「おぢ」と呼ばれた大蛇がいたという話が注目される場所でもある(「槇の屋のおぢ」)。「おぢ(おじん、とも)」呼ばれる大蛇の由来が遊女というのもおかしなものだが、つながる印象のあるものなのだろうか。