龍巻絵書き

埼玉県北足立郡伊奈町


昔、一人の絵書きが丸山沼の西側を通りかかった。乾いた土が風に飛ばされ、あたりは一面粉を敷いたようになっていた。そこで、この絵書きは杖で地面に龍の絵を書きはじめた。書き終わるとひときわ強い風が吹いてきた。

その風は、龍の絵をかき消すと同時に、その土の粉を巻きながら龍巻のように空高く舞い上がった。やがて、土けむりはだんだん大きくなり、丸山沼の上空で沼の水を吸い上げ、北に向かって走り出した。

そして、大雨を降らせながら荒れ狂い、大山の松を捻り倒し、大被害をもたらしたのだった。その後、この絵書きがどこへ行ったのかは誰も知らなかった。このときの龍巻の龍は丸山沼のヌシになったのだろうといわれる。(『ふるさと伊奈』)

『伊奈町史 民俗編』
伊奈町教育委員会(伊奈町)より要約

追記

竜巻は読んで字の如く竜蛇の起こすものだと考えられた。この丸山沼の場合は「絵の竜」が竜巻になったという珍しいお話。木像の竜が水を飲みに動き出したり、結界の藁蛇が動き出したりする話はたくさんあるが、それらと比しても異色だろう。

丸山沼というのはまた別にもとより大蛇が主の沼として語られ、伊奈氏の祖神を祀るという「頭殿社」の大蛇の伝説などもその主のようなのだが、この竜巻の竜とどういう関係にあるのかは不明。

ただ、土地柄ということをいえば、日光の関係上、左甚五郎の彫った竜が動き出したという話が多い地域。丸山沼の話は、下って千住のほうの千住大橋の下に住む主は、甚五郎が砂地に描いた大亀が動き出したものだ(「荒川のぬし」)、などというものに近いようにも思える。