昔、連雀村(三鷹)の男が江戸で野菜など売っていたが、ある年の春、商いの帰りに空の車を引いて善福寺の原寺分橋に差し掛かった。すると白ひげの老人が立っており、男に弁天様まで乗せてくれないか、という。男は快く引き受け、老爺を乗せてやり、井の頭池の近くまで来た。
老爺はお礼にといって革の袋に入った一枚の小判をくれた。男はびっくりして、そんな大金をもらうわけにはいかない、と固辞したが、老爺は、今日は婿入りのめでたい日だから取っておくれ、という。そして、しかし、自分を降ろした後は何があっても後ろを振り返ってはいけないよ、と告げた。
老爺が井の頭池のほうへ去った後、急に暗くなって、突然雷が落ちたような大きな音がした。男が思わず振り返ると、なんと池の中央に火柱が立ち、二匹の大蛇が絡み合いながら天に昇って行くさまを見た。
金銀に輝く大蛇の美しさに、男はしばし見とれ天を仰いでいたが、老爺の言葉を思い出して、革袋を開けてみると、小判はなくて、一枚の蛇の鱗が入っているのだった。その後、善福寺の主が井の頭池の弁天様に婿入りしたそうだ、という噂が聞かれた。男は光り輝く美しい蛇の鱗を池に返し、一礼すると村へ帰ったという。