善福寺池の大蛇の婿入り

東京都杉並区

昔、連雀村(三鷹)の男が江戸で野菜など売っていたが、ある年の春、商いの帰りに空の車を引いて善福寺の原寺分橋に差し掛かった。すると白ひげの老人が立っており、男に弁天様まで乗せてくれないか、という。男は快く引き受け、老爺を乗せてやり、井の頭池の近くまで来た。

老爺はお礼にといって革の袋に入った一枚の小判をくれた。男はびっくりして、そんな大金をもらうわけにはいかない、と固辞したが、老爺は、今日は婿入りのめでたい日だから取っておくれ、という。そして、しかし、自分を降ろした後は何があっても後ろを振り返ってはいけないよ、と告げた。

老爺が井の頭池のほうへ去った後、急に暗くなって、突然雷が落ちたような大きな音がした。男が思わず振り返ると、なんと池の中央に火柱が立ち、二匹の大蛇が絡み合いながら天に昇って行くさまを見た。

金銀に輝く大蛇の美しさに、男はしばし見とれ天を仰いでいたが、老爺の言葉を思い出して、革袋を開けてみると、小判はなくて、一枚の蛇の鱗が入っているのだった。その後、善福寺の主が井の頭池の弁天様に婿入りしたそうだ、という噂が聞かれた。男は光り輝く美しい蛇の鱗を池に返し、一礼すると村へ帰ったという。

杉並民話の会
『ひとむかしはん』より要約

原題は「大蛇の婿入り」だが、一般の蛇聟の話と混同しそうなので(まったく違う)、題を変えた。武蔵野三大湧水池のうち、善福寺池だけはなぜかヌシの竜蛇の話を聞かないのだが、今のところほぼ唯一という事例がこれになる。

もっとも、人に頼んでヌシの竜蛇がやってくる、聟入り嫁入りしてくるというのは井の頭池や石神井の三宝寺池に顕著な話で、これもどちらかといえば井の頭池のほうの話といえなくもない。

なお、この善福寺池のヌシの老爺は、そちらでも弁天を祀ることから、一方の弁天・老爺の顔に蛇体の宇賀神のことなのであろうと思われる。宇賀神が聟入りに赴く、という話はおそらくかなり珍しい。そういう点でも覚えておきたい。