井の頭の弁天様は女だが、そこへ不忍池から蛇さんが聟に来たのだという。昔、人力屋のところへ二本差しの立派な侍が来て、井の頭の橋の上まで乗せるよう頼んだのだそうな。そして箱をくれ、決して開けぬように、また行く間後ろを見ぬように、と車屋に告げた。
振り向くなと言われた車屋は守って走ったが、井の頭の橋について止まった際、人力が大きくかしんだのを不思議に思って、つい後ろを見てしまった。はたして、人力に乗っていたのは大変に太い大蛇であった。大蛇は礼を言うように首をのばしながら、池に入っていったそうな。
車屋は恐ろしくて一目散に家へすっ飛んで帰った。そして、開けるなと渡された箱だけれど、どうしても見たくなって少し開けてしまった。すると、中には蛇さんの苔が入っていたという。その後、この家は大変なお大尽になったそうな。
井の頭の池の蛇さんが入ったところは渦が巻いている。そこへ毎年毎年、飯台にお赤飯を蒸して放り込む。そうすると、お赤飯は空になって飯台が浮いてくるのだという。
原題は「井の頭の弁天様」だが、それだけだと内容を間違えかねないので、別に題を付けた。なぜか府中で語られており、どこの伝説とするか迷うところだが、類話として、不忍池へ人力に乗って井の頭弁天様が来た(行った?)という話も同書に載っているので一応府中の話としておく。
無論、不忍池は不忍池でまた蛇聟というか女人蛇体の話があるのだが、そちらとの関係という点はさておき、ここではともかく井の頭の池に「聟入り」する竜蛇の話、という点で引いておく。
善福寺池からヌシが(老爺の姿で)聟入りした、という話がまたあり(「善福寺池の大蛇の婿入り」)、どうも井の頭池にはそういった話の型を促すイメージがあるらしい。