深蛇池

門部:日本の竜蛇:近畿:2012.03.19

場所:和歌山県和歌山市加太:友ヶ島
収録されているシリーズ:
『日本の伝説39 紀州の伝説』(角川書店):「深蛇池」
タグ:竜蛇の封印/剣と竜蛇/蛇遣い


伝説の場所
ロード:Googleマップ

弘法大師空海と並んで怪を封じて廻った伝説のあるお方といったら役行者小角である。紀州加太の友ヶ島もその舞台だった。お隣四国の弘法の蛇封じとはなんとなく「封じ方」に違いが見えるようでもあって面白い。

なお、「友ヶ島」というのは地ノ島、神島、沖ノ島、虎島四島の総称。伝説の池はこのうち沖島にある。

深蛇池
深蛇池
リファレンス:ウミネエブログ画像使用

沖島の東に、役行者の行場、観念窟と序品窟と閼伽井とがあり、その西手の湿地帯植物群落の中に、役行者の大蛇封じで知られる深蛇池(じんじゃいけ)がある。池の中央部西の浮芝に、「深蛇池」と刻した石碑が建っている。
ところが、大蛇がもと棲んでいたのは、島尻の灯台の東にある湿地で、島人はここを蛇池(じゃいけ)と呼び、その隅の蛇穴という底なしの洞から、大蛇が出没するというので恐れた。大蛇は夜な夜な暴れ出ては、加太や淡路島の娘をひと飲みにしたり、海上の船を荒し回った。
困り果てた島民の嘆きを聞いたのが役行者で、行者はまず神島に渡り、島に鎮座する少彦名命に武運を祈った所、神の啓示があって剣の池から一振りの神剣を得た。そこで剣をかざし、蛇穴で呪文を唱えて大蛇をつかまえ、とどめを刺そうとすると、大蛇はしきりに許しを乞うた。
役行者としても殺生が本意ではないので、命を助ける代わりに、二度と悪事を働かぬ証として大蛇の爪を剥ぎ、深蛇池まで連れていって封じた。そしてただ「夜、笛を吹くときだけは出てきて良い」との約束を与えた。大蛇の爪は飛竜の爪といわれ役行者姿写しの鏡とともに、旧家に秘蔵されている。この家の先祖は善鬼某と名のり、役行者を加太に迎えた家筋であるということで、俗に迎之坊(むかいのぼう)と呼ばれたと言う。

角川書店『日本の伝説39 紀州の伝説』より要約

まず役行者が祈願した神島の少彦名命というのはお雛様いっぱいで有名な加太の「淡島神社」のことである。この社がもとは神島にあり、仁徳天皇の御代に遷座したのだと社伝にある。

「加太淡島神社」(webサイト「玄松子の記憶」)

それだと小角より遥か昔に遷座されてたことにはなるのだが。友ヶ島は『日本書紀』に見る「淡島」のことだともされ、里宮、奥宮(神島)の関係もあったのかもしれない。いずれにしても行者はここで神剣を得たのだ。

妙経序品第一 観念窟
妙経序品第一 観念窟
リファレンス:修験の道画像使用

島には江戸初期(寛文五年)に行場として整備が進む際に刻された「五所の額」という岩に穿たれた文字があるのだが、深蛇池近くの断崖中腹にある観念窟のそばに「深蛇池・劍池」と刻されている。剣の池も沖島の方にあったのかもしれない。竜蛇と剣に関して、竜蛇が剣をもたらす系と竜蛇を制するために出現する剣の系があるのだが、ともかく、この話では剣は明らかに竜蛇を斬るためにつかわされた剣である。

ところで、大蛇は「深蛇大王」を名のったとも言い、日光修験では友ヶ島の大蛇は深沙大王のことだと言っている。下野日光の神橋を絡み合う二匹の蛇として出現させたのが深沙大王だった。

「日光の神仏」(webサイト「日光修験」)

日光の方の話は「山菅の蛇橋」という伝説でいずれまとめるが(今も蛇を祀る祠が神橋のたもとにある)、関連づけて覚えておきたい。修験の思想において深沙大王がどのように蛇と連絡して何を意味するのかなどはまだよく分からないが、ひとまず蛇繋がりの線を得たことにはなるだろう。

さて、それでここから面白い所なのだが「夜、笛を吹くときだけは出てきて良い」と役行者は大蛇に言うのだ。このあたりが「修験の怪封じ」な所である。今でも広く夜口笛を吹くと蛇が来る、良くないモノが来ると言う。友ヶ島周辺でも「友が島で遊ぶ者は笛の類を携えることを避け、夜、口笛を吹くと命を落とすといって忌みきらったという」とある(『日本の伝説39 紀州の伝説』)。私はこれはかつて蛇遣いが笛で蛇を操るものだった、という話によっていると思う。

蛇を寄せる笛、蛇を散らす笛があったなどと伝わる所もある。四国は三好で「笛つけ」なる具体的な技が使われている様も見た(「十三塚」を参照)。すなわち、役行者は大蛇を「遣い蛇」にしたという話なのだ。修験はこうして怪を従者とする形で封じるのである。

和歌山県は竜蛇伝承が大変多く(「怪異・妖怪伝承データベース」からの抽出 「和歌山県の竜蛇」参照)、竜蛇信仰の色濃かったであろう所だ。善鬼某と名のった迎之坊の話からいっても、蛇神信仰を持つ人びとが役行者・修験に協力した話だ、という風に捉えられなくもない。そうであれば、よそからの話の取り入れでなく、まさにここ、この場で太古から竜蛇にまつわるあれこれが行われてきたのだろうことである。

先の抽出でも驚くような話が少なくないが、さらに何が飛び出してもおかしくない所であるだろう。引き続き、この土地が持つ竜蛇譚の細かなディティールを探っていきたい。

memo

深蛇池 2012.03.19

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