剣神社とうみ牛退治

福井県敦賀市

昔、ある村に祭の前夜に十六歳の娘のいる家に白羽の矢が立つと、娘を鎮守に供えねばならぬ掟があった。ある年、庄屋の家に矢が立ったとき、諸国遍歴の武者修業の武士が宿をもとめ、話を聞いてそれは変化の仕業だと見抜き、退治しようと約束した。

空の長持を供えて武士が社の床下に隠れていると、海鳴りの音と共に牛のような怪物が来て、「丹後の国は、しっぺい犬にまいれ」と唱えながら、供えの酒や赤飯を飲み食いした。そして、長持ちが空と知るや大暴れをして海中に姿を消した。武士はこのことから怪物が丹後のしっぺい犬を恐れているとことを知り、村人に探しに出てもらった。

祭礼当日、連れてきたしっぺい犬と武士が再び社の床下に潜んでいると、同じく怪物が現れた。しっぺい犬をけしかけ死闘が始まり、怪物の衰えたところを武士が斬りつけ、絶命させた。しかし、しっぺい犬も傷つき、遂に死んでしまった。

翌日、村人たちとあらためると、退治されたのは「うみ牛」と呼ばれる頭に牛のようなものを持った海に棲む怪獣であった。人々はしっぺい犬を手厚く葬り、武士の用いた太刀を鎮守の社に奉納すると、以来、この社を剣神社と称えるようになった。

みずうみ書房『日本伝説大系6』より要約


『日本伝説大系6』では表題話は敦賀横浜の剣神社にまつわる「正月の牛鬼退治」という話であり、武者修業の武士が人身御供をとる牛鬼を倒すという筋は同じだが、犬は出てこない。しかし、こちらの和泉村で語られたという話なのだが、ここは九頭竜湖の方であって海も何もない山の中の土地だ。法人社には剣神社も見えず、おそらくは敦賀の話が和泉村で語られた、ということなのだろうと思う。未来社の民話集の方には、敦賀のこととしてしっぺい犬が出てくるものが採録されている。

ともかく、お隣越中の岩見重太郎が活躍する話では、狒々ないし大蛇が討伐対象だったが、ここで牛鬼(うみ牛)も加わることになるわけだ。

岩見重太郎の伝説
富山県射水市:旧小杉町:毎年人身供養をとっていた化け物を岩見重太郎が退治する。

牛鬼を「牛鬼とか牛ワニとかいう、魚とも爬虫類ともつかぬ怪物」というのは石見の方だが、この越前敦賀の「うみ牛」はかなり近い、竜蛇寄りの牛鬼のイメージと見える。また、牛鬼は水怪として人の娘を見染めたりはあまりしないのか、という問題があるが、「そうでもない」という方向へつなぐ一話ともいえるかもしれない。

越畑大平山の牛鬼
岡山県苫田郡鏡野町:娘のもとに牛鬼が通ってきて、牛の化け物のような子が産まれてしまう。