剣神社とうみ牛退治

『日本伝説大系6』原文

昔、ある村の祭の前夜になると毎年、十六歳の娘のいる家に一本の白矢が飛んできた。矢が立つと、祭礼の宵に娘を人身御供として鎮守の神に供える掟であった。ある年、この村の庄屋の家に矢が立った。その日、諸国遍歴の武者修業の武士が宿を求め、人身御供の話を聞いて、変化の仕業であろうとそれを退治することを約束する。空の長持を神前に供えさせ、自分は社殿の床下に潜んだ。亥の刻頃、ゴーゴーと海鳴りの音がして、のっしのっしと参道を上がってくる気配がする。見ると、牛に似た黒い怪物が長持に近づき、酒樽の酒を柄杓で掬い「丹後の国は、しっぺい犬にまいれ」と唱えて地面に捨てて樽酒を呑み干し、次に飯櫃の赤飯を一握り同様に唱えて捨て、あとをむさぼり食った。長持を開けると空なので大暴れをした挙句参道を駆け下りて海中に姿を消した。武士は、怪物が丹後のしっぺい犬を恐れていることを知り、村人にわけを話して丹後へしっぺい犬を探しに出かけた。宮津で町医者の飼っている、仔牛ほどもある一匹の大きな白犬を見つける。町の人々が「白っぺい、白っぺい」と呼んでいると知り、その犬を借りて再び村へ戻った。祭礼当日、武士としっぺい犬が社殿の床下に隠れていると例の怪物が現われる。先と同様の事をしるときにしっぺい犬をけしかけると、猛然と怪物に踊りかかり死闘が始まった。共に気力の衰えた頃武士が怪物に斬りつけ絶命させたが、しっぺい犬も傷つき遂に死んだ。夜が明け、村人たちと見ると退治されたのはうみ牛という、頭に牛のようなものを持った海に棲む怪獣であった。しっぺい犬を手厚く葬り、武士の用いた太刀は鎮守の社に奉納した。以来、社の名を剣神社と称えるようになった。(『泉村民話集 妙春夜話』)

みずうみ書房『日本伝説大系6』より