越畑大平山の牛鬼

岡山県苫田郡鏡野町

寛永年間のこと、越畑の農家に二〇歳過ぎの娘がいたが、ぼんやり病で寝込んでしまって、なかなか癒らない。

両親が不思議に思って問い糺すと、娘のいうには、毎晩夢うつつのうちに、鉄山の役人という一人の男がやって来て、一緒に寝るのだというのであった。

その後、数か月たって娘は、変なものを産んだ。それは、牙が二本長く生え、尻尾も角も、ちゃんと生えていて、紛れもなく牛の化物といったものなのである。村の衆は、これは鬼の仕業だと思った。

父母は怒って、この変なものを殺してしまい、その上鉄串を突き通して、道端にさらしたのである。このように後難を恐れ、徹底的手段をとるのが、この土地の人々のやり方だったのである。しかし、その後も折にふれ、妖しいことがたびたび起こったという。

『鏡野町史 民俗編』より原文


大蛇と牛鬼の大きな違いは「異類聟」として人の娘のところに通う/通わないという線があるか、と考えていたのだが「牛鬼聟」もいるようだ。「件」の誕生、という感じに見えなくもない。もっとも、遠州桜ヶ池では牛が化けたという怪物が池から飛び出て「桜の前」を攫っているし、東北では角を取り返しに娘の所に来たりするので「牛鬼と娘」というモチーフもないではない。また、人身御供として娘のいる家に白羽の矢を立てる牛鬼というのはいる。

剣神社とうみ牛退治
福井県敦賀市横浜:武者修業の武士が、しっぺい犬の力を借りて、人身御供をとる怪物を退治する。

ともかく、ギリシアのミノタウロスなどは似たような存在であって、絶倫の権化のようなイメージであるのだけれど、本邦の牛鬼にはそういったイメージがあまりないのは興味深いところだ。もし、異類婚の話が祖神の話であるといえるならば、あるいは日本ではハイブリッドな段階に入った自然神はその対象とならない、ということもあるかもしれない。

また、土地柄からいえば、山陰において産女と強く繋がる牛鬼、瀬戸内では渡来の神の側面を強く持つ牛鬼(塵輪鬼)、といったあたりとどう関係するのか、というのも重要となるだろう。特に、「牛鬼聟」が産女的側面とどういう位置関係となるのかというのは問題だ。