おとせと大蛇

富山県黒部市荻生

昔、荻生中村の徳左衛門に「おとせ(お竹とも)」というきれいな娘がいた。このおとせが三月十八日の明日(あけび)の開帳参りの帰りに、愛本橋のたもとで手拭を拾った。手拭は大蛇の愛恋のちらしで、珍しく思い持ち帰り、両親にも見せた。

それから二、三日して、旅装束の若侍がやって来た。徳左衛門の家を訊き、夜にやって来た。おとせが寝ていると名を呼ぶ声がするので、窓から覗くと若侍がいった。あなたが拾ったのは縁のない人には見えない手拭で、それを拾った人は私の嫁になることになっている、と。

若侍はおとせの手を引いて愛本橋までいき、あの水の中に自分の棲み家はある、一生食べるもの着るものには困らせません、といった。おとせはこうして大蛇のもとへ嫁入りした。その後おとせは誰にも見られないようにして、大蛇の子をたくさん産んだという。

『黒部市史 歴史民俗編』より要約


少し変った蛇聟譚。手拭は櫛と並んで「拾ってはいけない」と各地の俗信にいわれる物。櫛は「苦死」を拾うことになるといわれる。手拭は理由を語ったものを見たことがないが、あるいはこういう導入の蛇聟譚が少なくなかったのかもしれない。今は同じ黒部市となった愛本橋の方でもそういう。

愛本のちまき
富山県黒部市内:旧宇奈月町:蛇聟のもとへ嫁いだ娘がお産に帰り、姿を見られてちまきの作り方を教えて去る。

神婚や水乞いや報恩などのモチーフがまったくなく、異類婚として純粋である。蛇聟譚がものすごい数語られていたのは、娘にやたらよその男になびくとひどい目にあう、ということを教えるためだと思われるが、この話はとりわけそこに特化しているきらいがある。

と、いうのも、何とこの話は「盆踊り唄」にうたわれるものなのだ。深読みすればお盆故に「あちらに引かれる」ことをうたっているのではと考えられなくもないが、それは穿ちすぎだろう。

おとせと大蛇(盆踊り唄)
富山県黒部市荻生:蛇聟譚・おとせと大蛇が盆踊り唄としてうたわれている。