愛本のちまき

富山県黒部市内:旧宇奈月町

愛本橋のたもとに平三郎の営む茶屋があった。娘のお光は器量良しの孝行娘だった。ある時、お光は橋の中程で新しい波模様の手拭を拾った。珍しく思い、落とし主は困っているだろうと、茶屋の軒先に吊しておいた。

すると二三日して立派な若侍が茶屋に来て、その手拭は自分のものであるという。そして平三郎からお光の心配りを聞いて、是非自分の嫁にといい出した。平三郎ははじめ断ったが、若侍は引きさがらず、身なりの立派なこともあって、お光を嫁にやることにした。

三年経ったある日、お光がちまきを土産にお産に帰ってきた。しかし、両親に決して産屋を覗いてはならない、という。そして産屋に一人籠ったのだが、母親は孫の顔見たさに覗いてしまった。すると部屋の中には大蛇がおり、口からヒュツ、ヒュツと子どもを産んで、産湯をつかわせていた。

母が悲鳴を上げると大蛇は赤児を飲み込んでお光に戻り、見られたからにはもうここには居れない、といった。そして、土産にもってきたちまきの作り方を教え、これからは茶屋でこれを売るようにといい、去った。

父の平三郎は愛しさの余りに追いかけた。愛本橋の中程まで行くと、お光が別れを告げ、あたりが急に暗くなり旋風が舞い、風に乗って大蛇が淵にとびこんだ。大蛇が水中に姿を消すと、明るくなり、いつもの静けさが戻ったという。

『追録 宇奈月町史 文化編』より要約


お光は今でも愛本神社姫社に祀られ、祭には大蛇も出るという。この話に特異な点は、母蛇となったお光が我が子を口から産んだり呑んだりしている所だろうか。ちょっとこのモチーフは日本の竜蛇譚では現状見ないので、指摘しておくだけにするが。

さておき、これは「ちまき」の製法を伝えて去るという蛇に嫁いだ娘の話だ。一般にちまきというのは端午の節句の蛇除けの呪物であるのだが、ここでは蛇になった娘がそれを伝えている。ちまきそのものが蛇に見立てられることもあり、どうも両面があるアイテムである。

チマキを作らない町
奈良県奈良市:奈良市のあちこちにチマキを作らない所がある。蛇に由来する話もある。

その点以外では、この話は北陸周辺の色々な竜蛇譚に共通するモチーフが重なっていて、そこも面白い。まず、この愛本橋のヌシの女竜は川下って日本海に面する魚津は「錨の溝」というところの男竜と行き来しているとも語られる。

また、「手拭」というモチーフもこの土地で好まれたもののようだ。魚津との間あたりの黒部市荻生の方では、同じく手拭を拾って大蛇に見初められる「おとせ」の話が盆踊り唄になって伝えられている。

おとせと大蛇
富山県黒部市荻生:手拭を拾ったおとせのもとへ蛇聟が来る。盆踊り唄となっている。

さらに「土産物の食べ物の製法を伝える」という点では、石川県になるが小立野医王山の蛇と化した娘が「最中」の作り方を育ての親に伝えていた。

医王山の大池の大蛇
石川県金沢市小立野:医王山の池に入水した蛇娘が、育てられた恩に最中の作り方を教える。

加えるならば、福井県坂井市丸岡の方にも「びんつけ」の製法をもたらす人の娘を貰った蛇婿の話がある。こういった話は全国的にはあまり見ない流れなので、これも北陸に繋がりがあって語られるモチーフなのかもしれない。

松屋びんつけと蛇聟
福井県坂井市:旧坂井郡丸岡町:人の娘を貰った蛇聟が、びんつけの製法を教え、家は繁盛した。