山犬と大蛇

原文:山梨県南都留郡忍野村


あるとき一人の狩人が山へ行ったらば、大きな岩の下に山犬がアカ(赤ん坊)を三つ産んでいました。狩人はそろりそろりと山犬のところへ近づいて、
「山犬どの、どうもお目出とうがした。ところで、そのアカを一つおれにくれねぇかね。大事に育てるに」
といって頼みますと、山犬はこちらのいうことがわかったと見えて、首をさげて承知しました。それから十二日たって、狩人は切り火で新しく竈に火をもやし、おこわをふかして重箱に入れ、魚をそえて山奥の岩の下に持って行きました。子を育てている山犬に、それをさし出して、
「さぁそれじゃぁ、約束のアカを一つくだせぇ」
というと、山犬の母親は三匹の子犬の尻尾をくわえて一つ一つ振って見ました。すると、二匹の子犬はカインカインと鳴きましたが、一匹だけは少しも鳴きません。鳴かない犬の方が性がよいのです。狩人はその鳴かない子犬をもらって山をくだり、それを家に飼って吾が子のように可愛がりました。子犬はだんだん育って立派な犬となり、狩人にもよくなついて、狩人が山へ狩に行くたびについて行きました。

何年かたってから、狩人はその犬をつれて山奥へ行き、狩をしているうちに日が暮れて、山へ泊まることになりました。家がないから、大木の洞穴にはいって休んでいると、なぜか山犬が狩人の袖をくわえて引っぱります。始めはふざけてするのだと思っていましたが、だんだん強く引いて、洞穴の外へ出ようとするから、
「何ぉするだ、今夜はこけぇ泊まるだぞ」
といって犬を叱りました。けれども、犬はやめるどころか、しまいには狂ったように吠えたてたり、狩人の袖をくわえて引っぱったりします。

「この畜生は気でも狂ったずらか。今夜はおれを喰う気かな。それじゃあ貴様の命もねぇぞ。」

狩人は腰の出刃を抜いて、サッと犬の首を切りました。すると犬の首は飛びあがって、洞穴の上の方の怪物にガシッと喰いつきました。間もなく上の方からドタリと落ちて来たのは恐しい大蛇でした。大蛇は洞穴の上の方から、狩人を呑もうとして狙っていたのです。犬はそれを知って、先から狩人の袖を引っぱって、危険をしらせたのでした。犬の首が大蛇の喉へ喰いついているので、大蛇は苦しみもがいています。狩人は出刃で大蛇を切り殺して退治しました。それから犬の死骸に抱きついて、泣いて謝りました。

「申しわけぁねぇ、おめぇはおれぉ助けてくれたに、おらぁおめぇを切ってしまっただ。どうか勘弁してくれろ。」

翌日の朝狩人は、犬の死骸を背負って山をくだり、人間と同じ葬式をして、自分の家のお墓へ埋めてやりました。それから犬への申しわけに、狩人をやめて六部になり、犬の頭を笈物へ入れて背負い、お経をよみながら、四国西国から日本中を遍巡ったということです。

はなし 南都留郡忍野村 須山まん

『新版 日本の民話17 甲斐の民話』
土橋里木(未來社)より

追記