入道淵のクモの話
原文:神奈川県足柄下郡箱根町
むかしむかし、大平台で炭焼きをしている一人の若者がいました。久しぶりの休日だったので早川の谷あいの、通称入道淵で釣りを楽しんでいました。
のどかな春です。少々飽きて来たので一休みしようと大きな石に腰を下ろしました。
すると突然一匹のクモが目の前に下りて来て、若者の足の親指に止まりました。おや何故こんな所へ下りて来たんだろうと、軽くつまんで傍の木の枝にのせました。
見ていると、クモははき出した糸を木の幹に巻き付いた後、長く糸を引きながら向山の方へと消えました。
クモの姿が消えてしばらくした時、突如として大音響と共にクモの糸のからんだ樹木が根こそぎ抜き取られ、空中高く舞い上がって行きました。
若者は腰を抜かさんばかりに驚き、這這の態で村へ逃げ帰りました。(辻満定良氏談)
『箱根昔がたり II』安藤正平・澤田安蔵
(かなしん出版)より