勘安ペロリ

原文:神奈川県足柄上郡開成町


むかし、河原町というところに勘安という者がいて、
「おれは、この世にこわいものはない。」
と、いつも自慢していたそうな。

この勘安、仕事もやるが、酒のほうもたいそう飲んだそうな。

あるとき、勘安、松田山に出かけ、炭を焼いておったが、一段落したので、酒をクイクイ飲みだしたんだと。

いい気分になったが、徳利はもうからっぽ。

「一升酒なんてペロリだ。お天道さん山に入っちゃったし、つづきは家でやんべ。」
と、一人ごとを言いながら、キセルを出して、きざみをつめた。

暗やみの中に、炭焼きがまの火だけがチロチロと動いておった。

勘安、たばこの火をつけようと、かまどのところにキセルをもっていくと、
ヒョイ──
火が横ににげる。

「ありゃ、あれしきの酒でよっぱらったか。」
と、こんどはゆっくりと近づけてみた。
ヒョイ──
何回やってみても
ヒョイ──
と、火のやつがにげてしまう。「なんじゃなんじゃ、火のやつめ。」

勘安は、いらいらして顔を火のほうにぐっと近づけてみると、火がギギギと勘安をにらんだ。
ピロピロ ピロピロ
「ひえーっ!」
勘安が火だと思ったのは、大蛇の目ん玉だった。

「やめろ、ピロピロすんな。この勘安さまをだますとは──。おめえみてえな奴は、かまの中にぶちこんで、焼いて、ペロリと食ってやる。」
勘安、酒が入っているもんで、いせいがよくなって、大蛇にむかっていったんだと。

大蛇は、たばこのヤニが嫌いなもんで、
ズルズルズル──
と後ずさり。

勘安、面白くなって、キセルに火をつけようと、かまどの方をむいたときだ──。
ペロリ───

次の日、家のもんが、勘安が帰って来ないのでおかしいと山に見に行ったら、かまには見事な炭が焼きあがっていた。

だが、勘安の姿はどこにも見当らない。

かまの前には、勘安の徳利とキセルがころがっているばかりだったと。

勘安どうやら、ペロリとひとのみされたらしい。そのあたりを今でも勘安ペロリというそうだ。

『私たちのふるさと昔ばなし』
(小田原青年会議所)より

追記