大蛇を退治した神さま

原文:神奈川県足柄上郡山北町


むかしむかし、岸の越地というところに大きな沼があったそうな。

その昔、この沼はふなやこいがいっぱいいるので、釣の人でにぎわっていたそうな。

ところがあるころより、かえる一匹住まない無気味な沼に変ってしまった。

知らずに釣にきた者が家に帰らなかったとか、そばを通りかかった者が沼の中に引きずりこまれたとか、おそろしいうわさが流れた。

ある年の祭の晩、村の若い娘が姿を消してしまい、ついに家に帰らなかったそうな。

つぎの年も、娘が一人、何者かにさらわれてしまった。沼に住む化け物のいけにえになったという。

「今年はどの娘がぎせいになるのだ。」と、祭が近いので村中がおびえておった。

そんなとき、一人の旅の者が村に立ち寄り、この話をきくと、
「田植の時期に、かえる一匹なかないとはおかしい。化け物は大蛇にちがいない。蛇は鉄がきらいだから鉄の神様にお願いするといい。」
と教え、どこかへ立ち去って行った。

村人らは、さっそく鉄の神様を沼のほとりにまつってお願いしたそうな。

いよいよ祭の日がきた。

村人たちは、朝から家に閉じこもって小さくなっておった。夜半をすぎると、急に雷がなり、ゴウゴウ風が吹きだし、雨もふりだした。そのうち恐ろしいうなり声が村中にひびきわたったそうな。
 ゴゴゥゴゥゴゥ
  ザザゥザゥザゥ
大蛇と鉄の神様は、夜中じゅうたたかったんだと。

明方、静かになったんで、村人らが沼にいってみると、大蛇が沼いっぱい、どでっと横たわっておったと。

大蛇の頭は、鉄の神様のまえでぐさりと刀で突きぬかれておったそうだ。

村人たちはよろこんで、鉄の神様を村の氏神様にすることにした。

それからは、娘らがさらわれることもなく、沼にはゲロゲロとかえるたちがもどってきたんだと。

解説:山北町岸に伝わるお話で、今でも川村小学校の南側の越地一帯は、沼が広がっていたおもかげが残っている。岸のあるところには「蛇塚」があり、これらのお話のもととなったことがあったのであろう。

『語りつごうふるさとの民話』
(小田原青年会議所)より

追記