竜宮社

原文:神奈川県中郡二宮町


梅沢の海を見下ろす斜面に共同使用の物置小屋があって竜宮神が祭られ、さらにその下の松林の中に竜宮神と刻まれた古い石祠があり放置されていた。そこはシケで押し上げられた海亀を埋めたところであった。海亀は夏の終り、丁度シケの来るころ、竜宮社の砂浜に産卵に毎夜やって来た。

海亀の産卵を見ると祟りがあるという。大正五年源平丸という一本釣船に東北の寒村から働きに来ていた十歳位の少年が浜小屋でそれを見てしまう。翌早朝秋サバの漁に船で出掛けたが、少年は腹痛のため船頭にトモカジを頼んで、後尾のロマクラで用便している内に波にさらわれてしまう。船頭が気付いたときは姿がなかった。春彼岸近くミナミシケという強風が吹く梅沢の海岸には、そのころになると毎年子供の土左衛門が一つか二つ漂着、漁師はそれを古い竜宮社の隣の無縁墓に埋めた。(死体と東北の子供の関係は書いてない。なお土用波の後に必ずくるシケをタツミ台風という。)

『二宮町民俗調査報告書』
(二宮町教育委員会)より

追記