大蛇が出た!!

原文:神奈川県中郡大磯町


明治の末の夏のある夕方の事であった。太陽も西に方に傾むきかけて、あたりが淡暗くなった頃である。

下地(唐ヶ原)の野ら仕事から帰り道の高麗の農婦が、フト花水川の土手の水辺を見ると、葦がガサガサゆれている中に大きい目をグリグリ動かして直径二〇cmもあろうかと思われる頭がニューと長く出ていたのにビックリして、大蛇だ!! 大蛇だ!! と固づを呑んで、背中の負籠をほうり出し、一目散に素足で家へ逃げ帰った。青ざめた顔に家の人も驚いて、よく聞いて見ると、花水川の川尻で大蛇が出たとの事である。余りにビックリして、それ以来病気に取付かれ、ついに亡くなってしまった。そのウワサが拡がって、大蛇を見ようと、花水川の橋の上は黒山の人盛り。日がたつにつれて、うわさも段々下火になった頃、大磯海岸に大きい海亀が卵を産みにまよい込み話題になってからは、いつしかこれで大蛇の夢も吹飛んで、大蛇の正体は、海亀が川を上って来た事で解決した。その頃、千畳敷(湘南平)の裏山に大蛇が居るとの話しをよく聞いたが、それは青大将が兎を呑んでいた事も想像される。それよりも秋の野分けの風に伸び切った茅が倒れてあたかも大蛇が通った道のように見えるからであった。

『大磯ふるさと紀行』高橋光
(郷土史研究会)より

追記