清左衛門地獄

原文:神奈川県南足柄市


むかし、狩野本郷あたりの人たちは、
「沢の水はすぐ枯れちまうし、井戸ぐらいじゃどうしようもない。」
と、田んぼを作るのをあきらめていたんだと。

ところがこの村には清左衛門という男がおって、
「水さえあればなあ、うまい飯いっぺえ食えるのになあ。」
と、畑仕事ほっぽかして、水神さんに願かけに通ったんだそうだ。

ある晩、清左衛門は、夢枕に立った水神さんから、
「久保のあたりを探してみよ。」
とお告げを受けた。

よろこんだ清左衛門、さっそく馬に乗ってあちこち探しはじめた。

村の者たちは、清左衛門の言うことを信用せず、ふりかえってみようともしなかった。

「水だ水だ、水が出たぞ──。」
清左衛門のどなり声が村々にひびいた。

ゴボゴボという水の音も聞える。

村の者は目をまんまるにして、息を切らしてすっとんできた。
「水だ水だ、ほんものの水だ──。」
「米ができるぞ──まんまが食えるぞ──。」

ゴボゴボふき出した水はな、あたりにあふれ、大きな池になっておった。そして、池から川になって流れていた。

が、かんじんの清左衛門の姿が見えない。

「や、見ろ見ろ、池の中……。」
「せ、清左衛門の馬だ──。」

水の中に、清左衛門の馬の姿が見えかくれしておったが、やがて、プッと水の中に消えた。

「清左衛門、清左衛門。」
村の者がけん命にさけんだが、清左衛門の名を呼べば呼ぶだけ、水がいきおいよくふき出てくるばかりだ。

清左衛門は、三日三晩のちに箱根の芦の湖に九頭竜神となってあらわれたという。

村人は、この池を《清左衛門地獄》と名付け、池のところに竜神をまつって霊をなぐさめた。

清左衛門地獄のおかげで、狩野本郷あたりには青々とした田が広がるようになったんだと。

解説:清左衛門は、箱根の九頭竜神となったが、芦ノ湖でおひつを流したら、清左衛門地獄池にでてきたという話は今でも一般的に語り継がれている。 池は富士フイルムの創立をもたらした、貴重な水源である。

『語りつごうふるさとの民話』
(小田原青年会議所)より

追記