蛇に魅入られた娘

神奈川県海老名市


昔、村長の長者に美しい娘がいた。長は娘を外に出すのが不安で、家に閉じ込めるようにしていたが、娘が十九になった春、良い陽気に心弾んだ娘は、親に内緒で召使たちを連れて草摘みに出掛けてしまった。

やがて娘は召使たちと離れてしまい、暖かな日差しの若草の上、うとうとと眠ってしまった。すると、美しい若者と出会う夢を見、探しにきた召使たちの声で目を覚ました。その時、一匹の蛇が娘の袂から這い出して草むらに消えたのに気づいたものはいなかったそうな。

それから体調を崩した娘は、懐妊していることに気づいた。親にも言えず、もう死のうと決心して家を抜け出ると、白髪の老人が行く手を遮り、自分は産土の神である、お前は蛇に魅入られているが、菖蒲と蓬の風呂に入れば救われるだろう、と告げた。

早速そのようにすると、黒や白や斑の小さな蛇がぞろぞろ死んで生まれてきた。夢の若者は蛇だったのだ。これより宵節句の五月四日には、菖蒲と蓬を二三本ずつ藁で束ねて軒に挿すようになった。藁葺屋根がなくなり、何百年も続くこの風習も見なくなったが、どうかすると今の家でも行っているのを見る。

『海老名むかしばなし 第3集』
(海老名市秘書広報課)より要約

追記

大谷での話で、話の採録当時は菖蒲屋根を行っている家がまだあり、その写真なども載る(市史にも同じ写真が掲載されていた)。大谷の産土というと八幡になるのだろうが、あまりそこまで土地の伝とする必要はない話かもしれない。

周辺茅ヶ崎・藤沢・相模原(津久井)などでは、もっぱらに蛇聟の筋でもって菖蒲湯・屋根の由来を語るが(「菖蒲湯」など)、この大谷の話では夢での邂逅になっているところが他と違っている。

もっとも、『著聞集』の摂津國ふきやの下女の昼寝の話からこの方、そういった夢に出てくる蛇(の化けた美男子)という筋も長い息があるのだが、菖蒲湯・屋根の由来として語られるのは珍しいかもしれない。

ところで、以上の話があることから、五月の節句を女の日であるとする民俗が海老名にもあったのじゃないか、という色合いの強い記事が市史のほうには書かれている(実際は上の話以上に具体的な事例は得られなかったようだ)。県史にある、津久井のほうで菖蒲を屋根に挿した家を「女の家」いったという事例などが引かれている。

確かに、もともとは早乙女が田に入る前後に、水の主である蛇の気を落とすという意味合いで菖蒲湯などは行われたものだ。もし、大谷でもそのようであったのなら、大谷に多く語られる大蛇伝説(「沖田と大蛇」など)もまたその前提を置いてみる必要があるといえるだろう。