おっつもりの島さん

原文:神奈川県大和市


島さんの本名は志摩三だか、島吉だか私も知らないが、便宜上以下島さんと記す事にする。

島さんは少し頭が弱い、すなわち低能であるが身体はいたって強健でそれに正直者、だれよりもよく働らきます。三十才を過ぎているが独身で兄の手伝いと言うよりもむしろ生家の農業の中心になって朝は早くから夕べも暗くなるまで、よく働らき家中みんなに喜ばれていた。ただ困った事に野らへ作業に出ても大抵ひとり仕事なので、正午に昼食に家へもどる時間がまちまちで困ります。それは自分の腹ぐあいによるからです。

ある夏の朝のこと兄嫁は畑へ出かける島さんに教えました。お昼になると太陽が頭上にくるので自分の影法師の頭が自分で踏める様になる、そうなればすぐ昼食に家へ帰りなさいと。喜んだ島さんは畑へ出るとくわを立て、忘れぬうちにと兄嫁に教えられた実験にとりかかりました。しかし朝です、影法師は細長く頭の部分は島さんの立った位置からは大部離れています。ヒョイとまたげばその分だけ影も遠のき、ヒョイヒョイとやっているうちにいつか自分の畑から出てしまっていました。しかし、根気のよい島さんの事です飽きると言う事を知りません。ヒョイ、だめだヒョイだめだだめだでどんどん北へ北へと。

一方自宅の兄嫁は正午になってももどらぬ島さんを案じていました。朝の出がけに口のすっぱくなるほど、教えたのにどうしたのかとたまりかねて、畑へ行って見たがどこにも姿は見えない。呼べど叫べど応答がない。さあ大変神隠しにあったのだろうと近隣の人々を頼んで大がかりな捜索が始まったが足取はつかめず人々も尋ねあぐんでしまった。やがて太陽も西山に沈むころどこからともなく島さんが疲れはてて、ヒョロヒョロと現われた。喜こんだ家人や村人にかこまれ、口々にどうしたどこへ行って来たのだと問いただされて島さんいわく、姉さんに教えられたのできょうこそ時分どきに帰ろうと、一生懸命影を踏もうと先へ先へと進んでしまった。暑くなってしばらくして、ようやく影が踏めたのでやれうれしやと思うとそこがどこだかわからない。人影も見当らずようやく見付けた家へ立ち寄って、ここはどこかと尋ねたらその家の人答えて、八王子のよばり山とのこと。ほんとうに影を踏むことは大変だ、と言う次第。

『大和伝説と民話 第一集』田近道円
(大和市教育委員会社会教育課)より

追記